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  • 子育て中の散らかった部屋は毎回【シーシュポスの岩】と化す

    ティツィアーノのシーシュポス

    人間は、【穴掘って、また埋める】みたいな、意味の無い単純労働を繰り返すと、発狂して死ぬんだとか。

    或いは、死に至らないまでも、なんらかの精神疾患を引き起こすようです。

    いや、ドストエフスキーの小説にそんな話が出て来るんですよ。

    ドストエフスキーってのは、髭ボーボーの小説家なんですけど、ペトラシェフスキー事件に関わっていた事から、ロシア政府に逮捕され、シベリアに約4年間流刑された経験があります。

    従って、小説とはいえ、【死の家の記録】は、ドストエフスキー自身の獄中体験記なんですよね。

    従って、ソースは事実に基づいているようです。

    負の世界遺産とされている、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所の記録にも、【穴掘り】の話はあります。

    ユダヤ人の大虐殺、ホロコーストですね。

    ヒトラーはナショナリズムによって、「ドイツ人以外は敵だ!」みたいなノリで、ドイツ人をまとめようとました。

    アメリカのトランプ大統領が言う、【アメリカ・ファースト】みたいなイメージです。

    その犠牲となったのが、ユダヤ人です。

    そこで、先述したような穴掘って埋めるみたいな無意味な労働をさせられた訳です。

    つまり、何が言いたいかっていうと、「それさっきやったじゃん」みたいな事の繰り返しって、怒りとか、脱力とか、虚無感とか、あんまり前向きな感情を呼んでくれないよなって話。

    で、介護とか子育てって、それの連続だと思うんですよね。

    参照記事:【体験談】訪問入浴の仕事で大変だったところを3つ挙げてみる

    ギリシャ神話の無益な拷問の象徴

    ギリシャ神話でシーシュポスっていう人物が登場します。

    シーシュポスは、ギリシャ神話上で最も狡猾な人間とされています。

    ゼウスを欺いたり、死神のタナトスを騙して縛り上げちゃったりと、おイタが過ぎて、神々の怒りを買ったシーシュポスは、先端の尖った山のてっぺんに、岩を置くっていう罰を受ける事となったんですよ。

    ところが、山頂に岩を運び切ったところで、岩を置けるような山頂になってないもんだから、結局岩は転がり落ちてしまう。

    そうやって、シーシュポスは何度も何度も岩を山頂に運ぶ訳です。これがシーシュポスの岩です。

    [itemlink post_id=”9891″]

    或いは、穴の開いた壺に、水汲みをし続けなければならないダオナスの娘達ってのもあります。

    実は日本にも、【賽の河原】と言って、徒労の象徴としての神話があります。

    親より先に死んだ子供がいく場所があるんですけど、それが、あの世とこの世のハザマにある、三途の河原のほとりです。

    そこでは或る塔を完成させるべく、子供達が石を積み上げ続けます。

    でも完成する前に鬼が来て、積み上げた石をぶっ壊す。これの無限ループ。

    怖ぇよ、【賽の河原】の世界観。

    約4000年も前の古代ギリシャ時代から、拷問の本質は、死ぬまで終わらない、無益な労働なんですね。

    幼児の無軌道なハートの周囲に転がる大人の徒労

    これを子育てに置き換えてみると、幼児が家庭に居る親も、結構シーシュポスってます。

    収めても収めても、直ぐに床に散乱する絵本やオモチャ。

    カオス!カオス!カオス!いつまでたってもカオス!

    例えば、あなたが頑張って、積み木をきれいに積み上げたとします。

    それを一瞬で、全部バラバラにぶっ壊されました。

    どんな気持ちになりますか?

    虚無じゃないですか?

    しょうがないので、もう一度積み木を積み上げます。

    でも結局、その直後にぶっ壊されます。

    飛び散る積み木が視界に入りながら、次第に全部がどうでもよくなってくる。

    これの繰り返し。繰り返し。繰り返し。

    いや、他者への献身無くして、なかなかこの繰り返しはできないですよ。

    徒労の反復に耐える親の反骨精神は最早パンクロック

    子供は、積極的にエントロピー増大に加担する生き物なので、最早エントロピーそのものだろ!と思っています。

    何故なら、子供ってのは片付けるのはつまらないけれど、散らかすのは面白い。という性質を露骨に持っているからです。

    これは別に、大人も変わりはないのだろうけど、大人がそれをしないのは、後々片付けなきゃならないっていう、後先を想定してしまうからですよね。

    だから散らかさない。後が面倒だし。

    子供はそこまで考えない。楽しいからやる。それだけ。

    片付け、整理整頓ってのは、エントロピーに逆らうって事です。最早パンクな行為です。

    全ての幼児を持つ親は、シーシュポスであると同時に、パンクロッカーなんですよね。

    つまり、何が言いたいかっていうと、介護も然り、子育ても然り、シーシュポスの岩化してる状況の中を、腐らずに続けようとしているあなたは、カッコイイぜって話。

    だって別に、辞めたっていい訳ですからね。

    それでもやるんだから、どんな理由であれ、やっぱりそれは凄い事です。

  • ステレオタイプの【女らしさ】=昭和の【女らしさ】

    着物の女性

    男らしさとか、女らしさとか、子供らしさとか。

    らしさ】ってなんなんだろう?とか疑問を抱くと共に、【らしさ】ってのが、その人の魅力を裏打ちしてるとも感じています。

    • 男らしい男はカッコイイし
    • 女らしい女は美しいし
    • 子供らしい子供はパンクだし

    こんな感じで、【らしさ】ってのは当人の魅力を増幅させると思う。

    では、此処では日本人が抱く、ステレオタイプの女性らしさってのを定義してみます。

    • 男の3歩下がってついていく
    • 家事ができる
    • 気が利く(サラダを取り分けるみたいな)

    こんな感じのイメージじゃないですか?

    これらを無理矢理ミキサーにぶち込んで絞り出してみると、【控えめな】っていう単語が抽出される気がします。多分。

    これは誰が求めているものなんでしょうかね。

    やっぱり男性側の勝手な幻想ですかね。

    それ故に女性が選ばされた、恋愛市場男性ニーズに応える為の、女性側の理想像なんですかね。

    どっちにしろ、男によって刷り込まれた価値観の一つな気がします。

    男の僕から見たら、こんな女性がいたらそりゃあ、都合よく好印象を抱きます。

    因みに、サラダを取り分ける話で言うと、台湾では全くの逆だそうです。

    時代によって、国によって、文化によって、地域によって変わる常識ってのを、如実に感じますね。

    昭和の【女らしさ】は男の自尊心を満たす

    ステレオタイプの女性が持つ、【控えめ】な性質ってのが男に好まれるのは、男のちっぽけな自尊心を満たすからです。

    所謂、男を立てるってヤツですよね。

    これは、なんでなのかな?って考えると、男には好きな女性を支配したいという願望が、潜在ベースにあるからじゃあないでしょうか。

    支配っていうと物物しいですが、言い換えると、独占したいって事です。

    「守ってあげたい」みたいなヤツの、裏にある感情です。

    唄で言うと、【清 竜人】の【痛いよ】みたいな事です。

    気付いたらぼくはもう 独占欲に溺れていて

    エゴイズムを振り翳して くだらない愛を語っていたよ

    でもぼくはきみが好きで どうしようもない程に好きなのさ

    これだけは信じて欲しいんだよ

    出典:痛いよ / 清 竜人

    恐らく、臆病でガラスなハートの男程、この曲を聴いて【胸が痛いよ】なんじゃあ無いでしょうか。

    女に依存する男心

    逆に言うと、【控えめ】な女性ってのは、顕在していなかった筈の、男の支配欲を誘発するんですよ。

    言い方を変えると、調子に乗らせるのが上手いっていう表現の方が、しっくり来るのかな。

    仮に、この世から女が消えたら、男は確実に衰退するんじゃないかと思います。

    モテる為に頑張るっていう、男のステレオタイプな動機がありますけど。

    多分、男って、女がいないと頑張れないんじゃないかと思うんですよね。

    女に褒められたいから、頑張る。

    この図式って、根深いですよ。

    或いは

    • 女性は惚れた男性の「最後の女になりたい」という願望がある
    • 男性は惚れた女性の「最初の男になりたい」という願望がある

    ってのは、頻繁に散見する話ですよね。

    女性の「最後の女になりたい」って願望は、尊敬する男性と添い遂げたいと思うからって話です。

    一方で、男性はっていうと、自己満の独占欲です。

    この文脈で言うと、【The Mirraz】の【ソシタラ~人気名前ランキング2009、愛という名前は64位です~】って曲は正に、男心そのものじゃあないでしょうか?

    ソシタラ】聴いた当時は、めちゃめちゃ共感してしまいました。

    まぁ要するに、男はずっとガキなんですね。しょうもないですね。

    日本人男性がロリコン傾向にあるのも、日本人女性の声が高くなるのも、何か関連しているような気がします。

    じゃあ、なんでそんな願望を抱くのか?って所まで、掘り下げて考えて見たんですが、今の僕には解りませんでした。

    勿論、支配がどうだとかって話は、一概には言えませんよ。

    もしかした女性の方が、支配願望が強いのかもしれないし。

    性別ベースではなく、人間ベースで考えれば、他人に抱く感情こそが、支配欲を喚起させてる訳ですから。

    感情が無かったら、関心が無かったら、気持ちが他人に向く事も無いでしょう。

    或いは、男の【支配欲】と、ステレオタイプの【女性らしさ】との間に、因果関係なんてないのかもしれない。

    ただ少なくとも、男と女という性差に於いて、男は相対的に攻撃的な性質を持つ性別である事は確かです。

    狩猟採集時代に、狩りに出て、マンモスをぶっ倒して、肉を【家】に持ち帰ってきた男は、肉体的な強さを役割として担っていますからね。

    人類最速であるボルトも、女ではなく【男】です。

    名を捨てて実を取った昭和の女性

    さて、冒頭で述べたステレオタイプな【女性らしさ】ってのは、昭和の価値観ですね。

    つまり、ステレオタイプの女らしさ=昭和の女らしさって事です。

    じゃあ、なんで日本人が美徳とする女性像が、【控えめな】って事になってるかっていうと、男は戦争で戦って死ぬからです。

    女は戦争に行きませんでした。子供を育てるのは女だからです。

    男尊女卑的な態度を取る男に対して、「どうせ死ぬから」って事で、女性は【名を捨てて実を取った】訳です。

    例えば、江戸時代の用心棒が、普段からだらだら酒を飲んでても尊敬されていたのは、いざって時に戦って死ぬからです。

    かつてはこれによって、男女のパワーバランスが取れていました。

    でも今の時代、男は簡単に死にません。

    戦って死なないのに、スマホでだらだらとパズドラやってます。

    男女の比重がおかしな事になってしまったのは、昭和のバランスの取り方を引きずっているからです。

    そこで、「どいつもこいつも、パズドラばっかりやりやがって!」と思った女は、戦おうと思いました。

    例えば、「タキシード仮面なんていらねーんだよ!ボケ!」っていう、時代性が反映されているものが現代のプリキュアですよね。

    参照記事:仕事と育児を応援する【HuGっと!プリキュア】は母性のメタファーで溢れてる

    男性依存によって戦う姿勢を、破壊した訳です。

    「邪魔だ!どけ!俺がやる!」みたいな。

    プリキュア立ち上げのコンセプトは、【女の子だって暴れたい】です。

    令和は女性の時代?

    これからは、女性の時代ってよく言いますよね。

    女性の時代ってなんだよ?って話ですが、つまり、腕力の要らない時代が来るって事ですよね。

    テクノロジーが、女にとっての【男】を補完するからです。

    オーストラリア国立大学の遺伝子学者のジェニファー・グレイブス教授によれば、Y染色体を持つ男は、あと500万年で消滅するって話ですしね。

  • 【トグル】vs【フリック】素早いスマホ入力方法はどっちか?

    フリック入力してる女性

    mikio(@mikio_96 )です。 どうも、おはようございます。こんにちは。こんばんわ。

    スマホに文字を入力する方法は、音声入力を除けば、2種類に大別されます。

    トグル入力】と【フリック入力】です。

    あなたの慣れ親しんだ方法は、どちらでしょうか?

    この記事の結論

    結論から言うと、【フリック入力】の方が早いです

     

    この記事は、スマホ入力が【トグル派】だという人に向けて、綴られています。

     

    トグル入力とフリック入力の定義

    【トグル入力】とは

    携帯電話やスマートホンでの文字の入力方法の一。

    一つのキーに五十音の一行やアルファベット3~4字が割り当てられ、キーを押す回数によって入力すべき文字を選択する

    たとえば「1」のキーは「あ行」であり、「1」を押すたびに「あ・い・う・え・お」と変換される。

    使用するキーの数は少なくてすむが、押す回数は多くなりやすい。トグル打ち。マルチタップ入力。

    出典:デジタル大辞泉(小学館)

    【フリック入力】とは

    《flick input》タッチパネル式ディスプレーで、フリック操作によって文字を入力する方式。

    スマートホンやタブレット型端末の多くで採用される。

    画面には、仮名 (かな) またはアルファベットの一部がテンキーに似た配列で表示される。

    ある文字に触れると、その周囲にABC順で隣接するアルファベットや五十音順で同じ行の仮名が表示され、いずれかをフリックで選択することで文字が入力できる

    出典:デジタル大辞泉(小学館)

    フリック入力にしなかった理由と僕の固定観念

    PCならまだしも、スマホの入力って、なんだか手こずりませんか?

    特に、生粋のガラケー世代だった僕からすると、トグル入力が馴染んでいるので、今更フリックにするのも、却って遅くなるので、抵抗がある。

    従って、僕はトグル式一辺倒でした。

    恐らく、アラサー付近の人々は、トグル慣れしている人の方が多いのでは

    何より、フリック入力にするメリットが、イメージが、湧かないんですよね。

    仮に、フリック入力を意識してみても、時短になるどころか、却って余計な時間を掛ける事になってしまう。

    やり方を変えるってのは、中々、ストレスフルな作業だったりしますよね。

     

    ↑上記の所感が、僕がフリックにしなかった理由です。

    フリック入力の早さをイメージさせてくれた動画

    トグル入力は所謂、連打での変換です。

    指の動きという観点で見れば、トグル式は明らかに忙しい。

    フリック入力はフリック入力で、指先は涼しいけれども、長押ししてからの微妙な間が空いてしまう

    これにより、結果としては、そんなに大差無い気がするぞ、と。

    例えば、あ行の入力をするとしたら【あいう】あたりまではトグルの方が速いけど。

    【えお】辺りの、タップ回数が深い所になると、フリックの方が速いのかなと。

    そんな風に思ってたんですけど、以下の動画を見て、僕の固定観念はぶっ壊れました。

    先ずこれを見て認識したのは、「フリック入力ってこんなに速く打てるんだ」というイメージです。

    そして、気付きました。

    【長押し不要だった!】

    これが上記の動画を見てからの、一番の発見でした。

    フリック入力の方が速い理由をまとめると

    • トグル入力と違って、ワンタッチで五十音にアクセス出来る
    • トグルに比べると指が疲れない

    上記2点が、フリック入力の早さの根拠です。

    じゃあ、トグル派のあなたが、フリック入力を身につけるにはどうすれば良いのか……?

    フリック入力を身につける上でのポイント

    【あ行】、【か行】、【さ行】等々で長押しすると、十字型に文字が展開されます。

    これらは母音によって、位置が固定されているので、以下のような対応関係になっています。

    [table id=4 /]

    この法則性を覚えておくと、スムーズです。

    トグル入力への逃げ場を遮断しよう

    もし、これを読んで「フリック入力に挑戦してみよう」と思ったのであれば。

    先ず、スマホの設定を変えてしまいましょう。

    トグル入力を出来ないようにして、【フリック入力のみ】に設定するのです。

    手順(iPhone)は、以下の流れです。

    1. 【設定】をタップ
    2. 【一般】をタップ
    3. 【キーボード】をタップ
    4. 【フリックのみ】のラジオボタンをONにする

    これだけ!

    例えば、【あ行】のボタンを、いつもの癖で連打したら、「あああああ」としか打てなくなります。

    もう逃げ場はありません!フリック練習あるのみです!

    僕もまだ、そんなに馴染んでないので、一緒に頑張りましょう!

  • 「…なにも!!!なかった!!!…」【武士道】の観点からONE PIECEを読み解く【ゾロ】が死ぬ程カッコいい理由(スリラーバーク編)

    mikioです。どうも。

    キングオブジャンプ漫画、ONE PIECEも現在、100巻を超えて爆進中です。

    [itemlink post_id=”14315″]

    なんだか、毎回思うんですが、ずっとONE PIECEが続いている事への有り難みを感じます。

    なにせ、小学生の頃に買った下敷き、未だに持っていますからね。

    ONE PIECEの下敷き

    こんな風に

    • 好きな漫画の連載が続いている事
    • 好きなバンドが解散せずに続いている事

    これって、すごく喜ばしい事じゃないですか?

    何故なら、それが続く事って、簡単な事じゃないからです。

    大好きな【あの感じ】にまた逢えるってのは、それを命懸けで続けてくれている人が居るからです。素敵な事です。

    終わりが薄っすらと見えてきたけれど、まだまだ麦わらの一味のカッコイイ生き様を見ていたい!

    さて、そんな男の漫画ONE PIECEですが、50巻で描かれるゾロの姿がカッコ良すぎるのです。

    [itemlink post_id=”10255″]

    今回は、以下の記事を前提に

    参照記事:【武士道】2020年東京オリンピックに向けて日本人が知っておきたい大和魂の源流【ONE PIECEで解説】

    野暮な男mikioが、粋な男であるゾロのカッコ良さを考えてみます。

    では、あらすじを見てみましょう!

    Left Caption

    mikio

    ゾロー!!好きだー!!

    【50巻】スリラーバーク編クライマックスのあらすじ

    スリラーバークと云う名の島で、七武海の一人であるゲッコー・モリアに辛くも勝利した麦わらの一味。

    ルフィはいつも通り、痛みも疲労も、その限界を突破するような戦い方をしてぶっ倒れます。

    スリラーバーク編の無茶をするルフィ

    出典:ONE PIECE/50巻/19p

    ところが、七武海を一人落としたのも束の間、目の前にもう一人の七武海、バーソロミュー・くまが立ちはだかり、麦わらの一味は、ボロボロの状態で連戦を強いられる事になります。

    ルフィは既に気絶しています。

    バーソロミュー・くまの指名は海賊狩りのゾロ

    スリラーバーク編のくまと対峙するゾロ

    出典:ONE PIECE/50巻/49p

    Left Caption

    mikio

    この構図好き。

    「全員抹殺」との政府の特命を受けた、【暴君】の通り名を持つ、七武海のくま

    先ずは海賊狩りのゾロを名指しし、戦闘が始まります。

    スリラーバーク編のゾロ(言い訳したらどなたか助けてくれんのかい?)

    出典:ONE PIECE/50巻/50p

    バーソロミュー・くまの悪魔の実の能力は、【ニキュニキュの実の肉球人間】

    知らない人からすれば、「は?可愛いね」ってなりますよね。

    なんだか全体的にふざけた存在ですけど、実力は本物。

    肉球によって、あらゆるものを弾き飛ばす能力の持ち主なのです。

    例えば、大気とか。

    これが後の、ゾロが【死ぬほどカッコイイ】シーンを成立させる為に、重要な設定となります。

    ダメージがデカすぎるゾロは太刀打ち出来ず

    案の定、全く勝負にならない状況で

    「…やはりこれだけ弱りきったお前達を消したところで何の面白みも無い…」

    と、残したくまは、ある条件を提案します。

    それは【船長の首を差し出す事】です。

    スリラーバーク編(船長の首を差出せ)

    出典:ONE PIECE/50巻/63p

    勿論、麦わらの一味の答えは「NO!

    立ち所に、大気を圧縮した衝撃波で、麦わらの一味は全員、島ごと吹き飛ばされます。

    その瓦礫の中から、気絶しているルフィを見付け、くまが掴み掛かったその瞬間。

    ゾロが不意打ちを仕掛けます。

    鉄をも斬る居合技、【獅子歌歌 (ししそんそん)です。

    しかし、なんと、くまは無傷。

    しかも、くまの傷口から、彼がサイボーグである事が判明するのです。

    スリラーバーク編(勝ち目無し)

    出典:ONE PIECE/50巻/76p

    ルフィへの忠義を示すゾロの【筋】

    ゾロは此処で、ある覚悟を決めます。

    スリラーバーク編(身代わり)

    出典:ONE PIECE/50巻/77p

    このシーンは、【武士道】の観点から見れば、【勇】に基づく言動だと言えます。

    何故なら、苦肉の決断とは言え、ゾロは自らの【義】の為に、自分が死ぬ時は、今だと判断したからです。

    参照記事:【武士道】を形成する七つの徳目 /【勇】

     

    スリラーバーク編(船長一人守れねぇでてめぇの野心もねぇだろう)

    出典:ONE PIECE/50巻/77p

    ゾロには野望がある。それは世界一の剣豪になる事

    しかし、ゾロにとって、今此処で船長1人すら守れない程度の実力では、世界一の剣豪になんて、なれない事と同義。

    だから此処で、自分の死と引き換えに、一味を護ろうとしました。

    自分が死ぬべき時は今だと、悟ったのです。

    ゾロは、水の都ウォーターセブン編で、こんな台詞を残しています。

    ウォーターセブンのゾロ

    出典:ONE PIECE/45巻/151p

    船長であるルフィと、狙撃手のウソップは、ウォーターセブンと云う島で、ボロボロになってしまった麦わらの一味の船、ゴーイングメリー号を巡って、大喧嘩をしました。

    メリー号はこれまでの冒険で、船の心臓部、竜骨に致命的なダメージが蓄積していた為、ウォーターセブンの船大工でも直せないと、診断を下されたからです。

    此処で船を乗り換えると、決断したルフィに対し、ウソップが大激怒。

    ウソップの「メリー号を想う気持ち」 VS ルフィの「船長としての決断」が衝突。

    そしてウソップは、船長のものであるメリー号を引き取る為に、ルフィに決闘を申し入れ、一撃で倒される。

    お互いに、引き下がれない想いがあり、すれ違い、ウソップは一味を辞めました。

    この辺の人間ドラマには、生々しいリアリティがあって、読んでる方も、なんとも苦しい気持ちになります。

    ウォーターセブンのゾロ

    出典:ONE PIECE/45巻/152p

    このように、ものの道理を重視する男が、麦わらの一味に居たからこそ、この海賊団は自由そうでいて、信頼、統制が保たれている。

    此処は、とてもゾロらしいシーンだと思います。

    そしてゾロのこの時の、船長に対する哲学を体現しているシーンが、以下のシーンと云う訳です。

    スリラーバーク編(ルフィは海賊王になる男だ)

    出典:ONE PIECE/50巻/78p

    ONE PIECE史上初めて、ゾロがこの言葉を口にしました。

    まるで、主君への【忠義】を果たす、武士のようです。

    死に際に、ゾロの本心が垣間見えた瞬間だったんだと感じます。

    スリラーバーク編(ゾロに地獄を見せる)

    出典:ONE PIECE/50巻/80p

    バーソロミュー・くまは、ゾロの覚悟を認め、ルフィの痛みをニキュニキュの実の能力で、ルフィの体から取り出します。

    僅かな痛みの破片でさえ、あのゾロが、のたうち回る程の巨大な痛みの塊です。

    ルフィがぶっ倒れるまで蓄積して来たダメージを、文字通り、ゾロが身代わりになって全てを受ける事を課しました。

    致死量の痛みを全て引き受けるゾロ

    スリラーバーク編(船長の痛みを全て受け止めた)

    出典:ONE PIECE/50巻/85p

    死に至る程のルフィのダメージを、文字通り身代わりに受け、仁王立ちでゾロはこう言います。

    スリラーバーク編のゾロ(何も無かった)

    出典:ONE PIECE/50巻/85p

    超カッコよくないですか?この【痩せ我慢】!!

    敬意で、みぞおちがギューってなります。

    これまでのゾロの行動により、その場に居合わせた全員の命が救われたのです。

    ゾロとくまの【恥】に対する意識

    今回の【ゾロVSくま】の戦いの中で、2人の【恥】への意識が垣間見れます。

    此処で言う、【恥】について考えてみます。

    例えば、あなたが「裸になって街を歩け」と言われて実際に歩かなければならなくなった場合、普通に恥ずかしいですよね。

    それは普段、服を着て、街を歩いているからです。

    いや、寧ろ「裸になって歩きたい」って人も、中には居るでしょうけど、それは置いといて。

    じゃあ、その【恥ずかしい】と、どう違うのか?なんですよ。

    此処には、微妙なニュアンスの違いがあるように思えてならない。

    何故、先述した男2人は、【恥をかく事】を避けようとするのか?

    語弊を恐れず言えば、【その方が格好良いから】ですよね。

    これは最早、男としての美学であると。

    この辺は、もう少し掘り下げてみたい心理なので、考えが纏まり次第、追記していきますね。

    ↓↓↓ちなみに、ぼくもマンガを描いたので読んでみてください↓↓↓

    オリジナルマンガ:新鮮組(タップしてね)

  • 日本人なら知っておきたい【武士道】の源流を【ONE PIECEでわかりやすく解説】

    新渡戸稲造

    mikioです。どうも。

    今回は、原著の【武士道】2冊(岬龍一郎訳)(関岡孝平訳)と、漫画でライトに解説されている【武士道】の、延べ3冊を読んでみました。

    そこから見えて来た、「武士道って何なのか?」について、此処で整理してみます。

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    日本のサムライ文化は、海外の人にとっては、知名な文化の1つと言えます。

    例えば、スター・ウォーズの生みの親、ジョージ・ルーカス(敬称略)は日本好きです。

    従って、黒澤明(敬称略)の作品に、多くの影響を受けていると言われています。

    ジェダイの騎士は、日本の【時代劇】の【ジダイ】に由来している。と云う説が一般的です。

    その為、ライトセーバーに対するジェダイの騎士の精神性と、刀に対する武士道の精神性とは、類似したものがあります。

    新渡戸稲造の【武士道】が執筆された背景

    【武士道】が執筆された経緯には、以下のような契機がありました。

    10年ほど前、ベルギーの高名な法律家で、今は亡きド・ラブレー氏のお宅に数日滞在し、温かいおもてなしを受けたことがあった。

    ある日2人でいつものように散歩していると、話題が宗教のほうへと向かった。

    「今何とおっしゃいましたか?」と敬愛する教授は尋ねた。

    「日本の学校には宗教の教育がないということでしょうか?」

    そうですと答えると、教授は驚いて足を止めた。

    そして、今でも耳から離れない声音で、重ねてこう聞いた。

    宗教がない! だとしたら、いったいどうやって道徳を教えるんですか?

    この質問に私は意表を突かれ、とっさに答えを返すことができなかった。

    というのも、子どもの頃私が学んだ道徳というのは、学校で教わったものではなかったからである。

    出典:武士道/新渡戸稲造

    この出来事から、新渡戸稲造は自らが封建社会のもとで生きた者として、約10年の月日を掛けて、日本人の道徳教育の本質を分析する事になります。

    更に、当時の日本、新渡戸稲造を取り巻く状況として、以下のような背景がありました。

    1868年、江戸城が無血開城し明治維新を迎えた日本は、欧米諸国に進出してグローバル化の波にさらされていた。

    そして、日清戦争と日露戦争を経験すると、アジアから初めて世界の列強と肩を並べる国が出てきたと、世界的な注目を集めはじめる。

    しかし、それと同時に、日本人は奇妙で、野蛮な民族だと数々の無理解と偏見の目で見られることになった

    出典:現代語新訳 世界に誇る「日本のこころ」3大名著/関岡孝平

    その誤解に対し、日本の文化を世界に伝える為に執筆された本の一つが、【武士道】でした。

    従って、日本語ではなく、英語で書かれています。

    更に、そこに書かれている内容は、海外の偉人による思想、名言等、引用のオンパレードです。

    英語で書かれた論文で、尚且つ、新渡戸稲造のこの博識な筆致。

    もうこれだけで、【野蛮な民族だ】と云う蔑視、先入観は払拭された事でしょうね。

    そりゃそうですね。後の旧5千円札の人ですからね。

    日本人なら、誰もが知った顔の人だったりしますからね。

    丸いメガネにヒゲの人。

    因みに現在5千円札の人は樋口一葉です。

    その結果、【武士道】は英語に留まらず、ドイツ語、ポーランド語、フランス語、ノルウェー語、ハンガリー語、ロシア語、イタリア語など多くの国で翻訳される、世界的なベストセラーとなりました。

    しかも、アメリカの大統領、セオドア・ルーズベルトが、自ら【武士道】を読み、かつ友人に配ったと云うエピソードもあります。

    個人的には、この引用の多用ですが、却って読みにくかった印象を残しました。

    勿論、それらについての知識があれば、理解も促進されたのだろうとは思います。

    ただ、僕のように浅学な人間には、よく解らない引用を多用されても、結局は、余計によく解らないのです。

    これは単に勉強不足なだけので、個人的な問題でしかないんですけども。

    さて、先述したグローバル化の波にさらされている点に於いては、正に、現代の日本人に重なる状況とは言えませんでしょうか。

    味噌汁’sの、【にっぽんぽん】と云う曲のフレーズのような気持ちで、これからオリンピックを迎える日本人。

    そして、四方を海に囲まれた島国、日本。その独自の文化的背景。

    この辺で、母国である日本人のルーツくらいは、改めて知っておきたいじゃないですか?

    僕は日本人 君は外国人

    そんなに目を見つめないでよ

    ハイタッチばかり求めないでよ

    約200年も鎖国してたんだ

    人一倍の人見知りなんだ

    おかしなテンションのままに

    戦争したらコテンパンにやられたんだ

    そんな幼気な僕ら かわいがってね

    世界中の皆さん どうぞよろしくね

    出典:にっぽんぽん 味噌汁’s/ジョン次郎

    大和魂のベースとなる【武士道】の定義

    日本人の道徳観念を、形成してきたと言われている【武士道】について。

    そもそもに於いて、武士道とは、誰か特定の偉人が決めたものではなく、武士社会の成長と共に育まれました。

    まるで、お酒や醤油のように、時間を掛けて醸成されたものだと言えます。

    武士道とは(中略)せいぜい口伝で受け継がれたものか、著名な武士や学者の筆から生まれた、いくつかの格言によって成り立っている事が多い。

    いや、それはむしろ不言不文の語られざる掟、書かれざる掟であったというべきであろう。

    出典:武士道/新渡戸稲造

    それだけに、【武士道】の明確な定義は無いようです。

    武士道(ぶしどう)は、日本の近世以降の封建社会における武士階級の倫理・道徳規範及び価値基準の根本をなす、体系化された思想一般をさし、広義には日本独自の常識的な考え方をさす。

    これといった厳密な定義は存在せず、時代は同じでも人により解釈は大きく異なる。

    また武士におけるルールブック的位置ではない思想である。

    一口に武士道と言っても千差万別であり、全く異なる部分が見られる。

    出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

    【武士道】の起源に対しても、明確な時と場所を指す事は出来ず、封建制の時代の中で自覚され始めたものだとしか言えないようです。

    封建制度とは

    因みに封建制度とは、一言で言うと【土地を介した主従関係】の事です。

    これは農業が、産業の中心となっている事が前提の仕組みです。

    但し、日本とヨーロッパでは封建のニュアンスが違うようですね。

    そして、封建制度を基盤とする社会から、日本人の美徳とされる、滅私奉公の価値観が根付くようになったと言われています。

    滅私奉公とは

    私利私欲を捨てて、主人や公のために忠誠を尽くすこと。

    「滅私」は私利私欲を捨てること。

    「奉公」は国や社会などの公、または、主人や主君・上位の者などに自分の身をささげて尽くすこと。

    出典:goo辞書/四字熟語

    この封建制度ですが、最終的には江戸幕府の崩壊後、明治維新によって否定されました。

    それでも、封建社会によって刷り込まれ、美化された滅私奉公の意識は、未だに日本人の精神性に根付いている。

    何故なら、空気を読むとか。日本人は働き過ぎだとか。そんな話に繋がって来るからです。

    過労死なんて、その弊害の典型のようなものです。

    海外の人からすれば、異質な話ですもんね。

    【武士道】を形成する七つの徳目

    明確な定義が無い、と云う意味に於いて、曖昧な認識であった日本人の大和魂を、体系的に言語化しようと試みたものが【武士道】なのだと解釈しています。

    新渡戸稲造の【武士道】で、メインとなっている論点は、七つの徳目です。

    【武士道】はどんな特徴を持ち、どのようなことを教えようとしているのか

    これを、【義】【勇】【仁】【礼】【誠】【誉】【忠義】の観点から、解説しています。

    【義】

    【義】ってのは、武士にとって最も厳格な徳目です。

    何故なら、面目を重んじる武士にとって、卑劣で、不正な振る舞い程、忌まわしいものは無いからです。

    真木和泉守(敬称略)は、「武士の重んずるところは節義である」と述べています。

    節義とは

    節操と道義。人としての正しい道を踏み行うこと。

    出典:デジタル大辞泉(小学館)

    節義とは、人の体で言うと、だと。

    骨が無ければ首も正しく載っていられないし、手も動かず、足も立たない。

    つまり、才能や学問があっても、節義が無ければ武士ではない。と云う事です。

    それ程、武士にとってのバックボーンになる徳目なのだと言えます。

    【勇】

    【義】と【勇】は、七つの徳目の中でも、双子のような関係にあります。

    両者共に、男性的な武徳だからです。

    【勇】とは、自分の【義】に反する事に対して、躊躇いもなく命を懸ける事です。

    例えばそれは、以下の記事で紹介した、ONE PIECEのルフィのような行動の事を指します。

    参照記事:「これしかやらねぇ」VS「これしかできねぇ」/3コード

    但し、死に値しないものの為に死ぬ事は、所謂【犬死】であり、それは【勇】ではなく、【匹夫の勇】とされ、蔑まれました。

    「戦場に飛び込み、討ち死にするのは容易く、身分の賤しき者にも出来る。生きるべき時に生き、死ぬべき時にのみ死ぬ事こそ、真の勇気である。」

    と述べたのは、あの有名な水戸黄門(敬称略)だったりします。

    この為、武士は少年の頃から【大義の勇】と【匹夫の勇】の区別を学びます。

    【義】と【勇】を実行する為には、その根拠となる、肉体の鍛錬が必要です。

    それ故、武士は【文武両道】を目指していました。

    ONE PIECEの、トラファルガー・ローも言ってますね。

    弱ェ奴は死に方も選べねぇ」と

    ロー「弱ぇ奴は死に方も選べねぇ」

    出典:ONE PIECE/67巻/107p

    厳密には、ドフラミンゴの言葉のようですが。

    ドフラミンゴ「弱ぇ奴は死に方も選べねぇ」

    出典:ONE PIECE/76巻/128p

    この記事では言及しませんが、男の死に様については、武士の【切腹】の話に繋がってゆきます。

    武士にとって【切腹】は、名誉ある死に方だったのです。

    つまり、生きるべき時に生き、死ぬべき時に死ぬ事を、全う出来るって訳です。

    【仁】

    先述した【義】と【勇】が、男性的な徳目とするならば、【仁】は女性的な徳目と言えます。

    例えば、【武士の情け】は、この【仁】の精神に由来するものです。

    戦国大名の伊達政宗は

    仁に過ぐれば弱くなる。義に過ぐれば固くなる。

    と言ってます。

    「甘さと辛さのバランスよく考えて!よろしく!」的な。

    なんか、ファッションの甘辛mixみたいな話です。違うか。

    また、武士道に影響を与えた【儒教】の思想家、孟子は

    仁は人の良心なり、義は人の道なり

    と述べています。

    つまり【仁義】ですね。

    これは【儒教】に於いて、最も重んじられている根本理念です。

    この【仁義】って言葉、昭和のヤクザものの映画などと、密接に繋がって来るイメージがありませんか?

    ヤクザ絡みの言葉って、本来の意味とは捻じ曲がった使い方となって定着しているので、よく知らないと、調べたところで却って混乱します。

    この【仁義】に関しても、【仁義を切る】と言って、初対面の相手に対する挨拶の意味が含まれます。

    「お控えなすって」と、掌を返して、腰を低くさせるアレです。

    【男はつらいよ】の寅さんもやってますよね。

    こんなヤツ↓

    (昔、職場の同僚が退職する時に頼まれた似顔絵)

    お控えなすって

    これは、お辞儀の辞儀が転じて、【仁義】になったのだとか。

    現代で言うところの、名刺交換のようなものですね。

    先述したように、ヤクザの世界って、この古代中国の思想、【儒教】がベースになっていると言われています。

    例えば、【儒教】ってのは、子が親を敬う事を重んじる思想なんですよね。

    ヤクザの世界も同様です。以下のように

    伝統的な親子盃の儀式で

    実の親があるのに今日ここに親子の縁を結ぶからには、親が白といえば黒いものでも白といい・・・

    という口上が述べられるように、子分は親分に対して絶対的に服従し、親分は子分を我が子のごとく保護する家父長主義的な関係が求められる。

    出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

    ONE PIECEで度々登場する、(さかずき)の描写は勿論、これがモチーフです。

    Left Caption

    mikio

    この辺の話も、いつか記事として整理したいんですよね。

    従って、【仁義なき戦い】ってのは、この【仁義】が無いって事です。

    盃を交わした筈の親子や兄弟が、私利私欲の為に、不誠実な態度を取るって事です。

    滅私奉公の逆ですね。

    ONE PIECEで言うと、ルフィがエースを助けに行かない。とか、そればかりか殺してしまう。みたいな話なのです。

    【礼】

    礼は、その最高の形においては、ほとんど「愛」に近づく。

    出典:武士道/新渡戸稲造

    礼ってのは、思いやりを型にしたもの。つまり、所作の事です。

    最善の方法というのは最も経済的で最も優雅な方法である。

    イギリスの哲学者スペンサーは

    優雅さとは最も経済的でむだのない動きのことだ」と言っている。

    日本の茶の湯では、茶碗や茶杓、ふくさなど、それぞれについて取扱いかたが厳密に定められている。

    茶の湯を知らない者にとって、それは退屈以外の何ものでもないが、一度経験すれば、その定められた方法が結局最も時間と労力にむだのない方法であることがすぐに分かる。

    つまりは最も経済的な力の使いかたであり、したがって、スペンサーの定義によれば、最も優雅な方法だということになる。

    出典:武士道/新渡戸稲造

    「優雅さとは経済的な力の使いかたである」という説が正しいとすれば、論理的な帰結として、いつも優雅に振る舞っていれば、力が節約されて蓄積していくことになる。

    美しい所作というのは、したがって、力を持っていながら、それを休ませている状態である。

    出典:武士道/新渡戸稲造

    一切は誠に始まり、誠に終わる。誠がなければ、何もないに等しい

    孔子がそう言ったように、礼儀正しさも、【誠】が伴わなければ単なる茶番。

    他者を思いやる気持ち。

    所謂、【オ・モ・テ・ナ・シ】ですね。

    これが内側から滲み出る所作。

    それこそが【礼】であるって話です。

    でも僕は、逆だと思っていて、基本的に人間は出力重視で設計されているので、所作によって優雅な精神性を呼び込むのではないかと。

    つまり、所作は優雅さ(心の豊かさ)のスイッチになる。

    【誠】

    【誠】と云う言葉は、言った事を成すと書きます。

    つまり、有言実行の事ですね。

    【武士の一言(いちごん)】と云う言葉があります。

    これは、以下のような話。

    武士がいったん口にすれば、決して違えることはないということである。

    武士の言葉にはそれほどの重みがあり、武士の約束は証文なしで交わされ、かつ履行された。

    証文を取り交わすなどというのは武士の面目にかかわることだった。

    「 二言」、つまり二枚舌を使ったことによって、死をもって償わなければならなくなった武士の空恐ろしい話がいくつも残されている。

    出典:武士道/新渡戸稲造

    そういえば、ONE PIECEの61巻に、三枚舌のデマロ・ブラックってのがいたなぁ。

    偽物の麦わら海賊団

    出典:ONE PIECE/61巻/90p

    デマロ・ブラック

    出典:ONE PIECE/61巻/155p

    話が逸れましたが、武士にとっては、誠実さと名誉とが最も確かな保証でした。

    だからこそ、【武士に二言はない】事に、説得力が生まれるのです。

    武士に二言はないとは

    武士は信義と面目を重んじるものだから、一度口にしたことばを取り消したり、約束を破るようなことはしないということ。

    出典:故事ことわざ辞典

    これが転じて、「男に二言はねぇ」って話に繋がっています。

    日本史上最強の剣客集団【新撰組】が、シンボルとして掲げた【誠】の旗は、主君に対する【忠義】と、【誠に生きる】と云う信念が込められていました。

    【誉(ほまれ)】

    【誉】は、換言すると面目の事でもあり、それは逆に言うと、を知るって事です。

    これはONE PIECEの世界でも、重要なキーワードとなっています。

    【顔を立てる】とか、【面目】とか、【恥をかく】とか。

    正義の面目丸潰れ

    出典:ONE PIECE/79巻/149p

    例えば、格好が付く格好が付かない。って言い回しを見ていると。

    男が【格好良いもの】に憧れるのは、潜在的に、【誉】の精神がそれを求めているからなんじゃないか。

    なんて思いました。大袈裟ですかね。

    ただ、これが度を過ぎると、以下のような話になってしまう訳です。

    ひとりの町人が武士に対して「背中をのみが飛び跳ねている」と親切心から注意したところ、ただちに一刀両断されたという。

    その理由というのが、何とも言いようのないばかばかしいもので、のみというのは動物にたかる寄生虫であり、誇り高き武士を獣扱いするのは許しがたい侮辱だというのである。

    出典:武士道/新渡戸稲造

    まぁ、分別のある武士なら、刀を抜くべき時くらいはわきまえている筈です。

    上記のように、正しく刀を扱えない者は、腰抜けか、虚勢を張る者でしかないとされていました。

    その上、ちょっとしたことで腹を立てる者は、「気短者」と言われ、馬鹿にされていたんです。

    ONE PIECEの1巻で

    「そいつ(ピストル)は、脅しの道具じゃねぇぞ」

    って、シャンクスが言っていたのを思い出します。

    武士は、富よりも名誉を重んじる性質を持っています。

    武士道や騎士道は経済原理とは無縁であり、むしろ貧しいことを誇りにする。

    シェイクスピアの『アントニーとクレオパトラ』の登場人物、古代ローマの武将ヴェンティディウスは次のように言い放つ。

    「功名心は武人の美徳ではあるが、その名を汚すような勝利を得るくらいなら、むしろ敗北を選ぶ」

    出典:武士道/新渡戸稲造

    武士道が節約を旨としていたのは事実であるが、それは経済的な理由からではなく、節度ある生活を送るためであった。

    贅沢は人間の最大の敵と考えられ、さむらいは極度に質素な生活を送ることが求められた。

    出典:武士道/新渡戸稲造

    恥を逃れ、名を得るためなら、さむらいの子はどんな貧困でも甘んじて受け、どんなに厳しい肉体的精神的試練にも耐えた。

    出典:武士道/新渡戸稲造

    武士にとって贅沢は、人格に悪影響を与えると考えられていました。

    従って、どんな武士でも、基本的には一汁一菜の質素なランチだったそうな。

    さて、この面目と、その裏にあるに対する意識は、1つのキーワード。

    【痩せ我慢】に通ずるものがあります。

    例えば以下の、ことわざ。

    武士は食わねど高楊枝とは

    武士は貧しくて食事ができなくても、あたかも食べたかのように楊枝を使って見せる。

    武士の清貧や体面を重んじる気風をいう。また、やせがまんすることにもいう。

    出典:デジタル大辞泉

    昔から、一つだけ確信していたのは、男の美徳は【痩せ我慢】にあると云う点です。

    従って僕は、大の男が、体調不良や痛みを伴う時に、「あー」とか「うー」とか、周囲に大袈裟なアピールをする人に対して、【気持ち悪い】と思ってしまう価値観の持ち主です。

    【男は黙って】って、クールポコも言ってるじゃないの。

    これも巡り巡って、間接的に武士道の影響を受けていたんでしょうか。

    涙を流したり、声をたてたり、ともかく感情を外に出すのを禁じられて育った少年少女を想像してみてほしい。

    医学的な見地から見たとき、そんなふうにして育った少年少女の心は鋼のように強くなるのだろうか、あるいは逆に感じやすくなるのだろうか。

    さむらいにとって、感情を顔に出すのは男らしくないことだと考えられていた。

    「喜怒哀楽を表に出さない人」というのは、優れた人格者をほめる決まり文句であった。

    愛情という、人にとって最も自然な感情すらも抑えるのが当たり前であった。

    出典:武士道/新渡戸稲造

    自分で選んだのか、いつの間にか刷り込まれていたのか、いずれにしろ、感情の抑制に対する美徳は、上記に由来する価値観の1つですね。

    【忠義】

    【忠義】ってのは、主君に対する献身的な態度を指します。まさしく滅私奉公の精神。

    しかし、この【忠義】ですが、奴隷のように抑制・従属を強いられている訳ではありません。

    飽くまで、武士自身の【義】に値するものに対して、主体的に忠義心を示す事なのです。

    以下にあるように、主君の命令を、盲信する事ではないのです。

    自分の良心を捨ててまで、主君の気まぐれや戯れ、思いつきに従う者は、武士道では低い評価しか与えられなかった。

    そういう家臣は「 佞臣」、すなわち恥知らずなこびへつらいによって主君に取り入る卑屈な家臣として、あるいは、「 寵臣」、すなわち奴隷のようなお追従で主君の寵愛を勝ち取る家臣として軽蔑された。

    出典:武士道/新渡戸稲造

    例えば、自分が親だったら、子供の為なら死ねるって思えるような、感情が芽生える筈。

    種の保存を基盤とした、動物に予め備わっている行為。一般的に言われる【愛】のようなものが、【忠義】のベースにはある。

    以下の曲は、「死んでもいい」とか言ってるけど、【あなたと一緒に生きたくてしょうがない】って気持ちを歌ってるのだと、僕は解釈しています。

    あなたがこの世界に一緒に生きてくれるのなら

    死んでもかまわない あなたのために

    あなたがこの世界に一緒に生きてくれるのなら

    月まで届くような翼で飛んでゆけるのでしょう

    出典:駆け抜けて性春

    銀杏BOYZ/峯田和伸

    因みに、この曲をカラオケで歌うとドン引きされます。構わず歌うけど。

    そして【忠義】は男性のみの徳目ではなく、当時の女性にも同じ事が言えました。

    所謂、内助の功とはこの事。

    女性が夫や家、家族のために身を捨てることは、夫が主君や国のために身を捨てるのと同じように自発的に行われ、また名誉なこととされた。

    あらゆる生命活動の謎を解くための鍵となる自己犠牲の精神が、男の主君に対する忠誠心を貫く基調音であったと同じように、女性の家庭に対する献身を貫く基調音でもあった。

    男が主君の奴隷でないのと同じように、女性は男性の奴隷ではなく、女性が果たす役割は「内助」すなわち「内側からの助け」と認識されていた。

    出典:武士道/新渡戸稲造

    ONE PIECEで言えば、麦わらの一味は、漏れ無く船長であるルフィに対して、忠義心があると言ってもいい。

    でもルフィは、仲間を支配して従わせてるわけではない。みんな勝手に慕ってるだけ。

    ウソップのルフィへの想い

    出典:ONE PIECE/61巻/46p

    刀への感情移入は武士にとって【崇拝】の域

    武士にとって、そのものである大小2本の刀は、基本的に腰から離れる事はありません。

    武士道では、が力と勇猛さの象徴であった。

    イスラム教の始祖マホメットは「剣は天国への鍵でもあり、地獄への鍵でもある」と言ったが、これは日本人の思っていることを代弁したようなものである。

    いつもそばを離れない同志として、武士は刀に愛着を持ち、それぞれに名前をつけさえした。

    敬愛を通り越して、刀は崇拝の対象にまでなった。

    出典:武士道/新渡戸稲造

    刀に名前ってのは、BLEACH的ですね。【斬月】とかね。

    この辺の発想、久保帯人(敬称略)は武士道から着想を得たんでしょうか?

    まぁそれはいいとして、此処でのポイントは、刀への愛着が崇拝レベルの武士にとって、刀に対する無礼は、その持ち主に対する侮辱と見做される点です。

    ごくありふれた短刀でさえ、しかるべき敬意を払う対象であった、それを侮辱するのはその持ち主を侮辱することと同じである。

    万が一、床に置かれた刀を不注意にもまたいでしまったら、どうなるか?――ご愁傷様と言うしかない。

    出典:武士道/新渡戸稲造

    この事から、武士同士がすれ違う際、互いの鞘同士がぶつかる事は失礼な事として認識されていました。

    それを悪用して、故意に鞘当てを行って、難癖をつけた者もいたそうですよ。

    因みに、日本が左側通行なのは、当時の制度をそのまま継承したものだそうで、鞘当てによる斬り合いを避ける為だったとか。

    これはNHKの番組、【チコちゃんに叱られる!】で紹介されてましたね。

    例えば、尾田栄一郎の読み切り作品集、【WANTED】に鞘当ての描写があります。

    [itemlink post_id=”5970″]

    【WANTED】鞘当て

    出典:WANTED/尾田栄一郎/114p

    【WANTED】鞘当て

    出典:WANTED/尾田栄一郎/115p

    【WANTED】鞘当て

    出典:WANTED/尾田栄一郎/115p

    余談ですけど、鞘当ての定義を見てたら【恋の鞘当て】と云う言葉がありました。

    恋の鞘当て

    一人の女性をめぐって、恋する2人の男性が争うこと。

    「昔、彼とは恋の鞘当てをした間柄でね、この妻がその本人ですよ」

    〔語源〕一人の遊女をめぐって2人の武士が争うという歌舞伎(かぶき)の題材から。

    「鞘当て」は、路上で行き違った武士が、相手の鞘が自分の鞘に触れたことをとがめ立てること。

    転じて、つまらぬことから起こったけんかの意。

    出典:ルーツでなるほど慣用句辞典

    要するに、「私の為に争うのはもうやめてー!!!」って言う、アレですね。

    お笑いの、ちょっとしたボケみたいなヤツ。

    今更【武士道】を読み通した理由

    今回、【武士道】を読んでおきたいと思った理由は、2つあります。

    1つは、【ONE PIECE】に登場する男達の生き様を、読み解きたいからです。

    もっと言うと、男ってなんなのか?を知りたいからです。

    もっと言うと、自分がカッコイイと感じた男の生き様、死に様を見た時に、何故感動したのか

    これを論理的に、把握したいからです。

    此処について自覚的になれれば、これから先、自分の感動に対しても自覚的になれる。

    参照記事:格好良い大人が見据えているものの正体が解ってしまった

    参照記事:NHK Eテレの番組【ろんぶ〜ん】で紹介された感動の論文が面白かったので考察してみた

    【ONE PIECE】の感動を綴るには、【武士道】は、必ず前提となる知識となる筈です。

    男として、戦って死ぬ事が最早ほとんど無いと言える現代で、そのヒントが潜在するのは歴史にあります。

    そこに【武士道】があったと。

    もう1つは、デザインに通づるものがあるからです。

    デザイン トークス+(プラス)と云うNHKの番組を見ていると、結構、温故知新的なアプローチが多くて、人間にとって心地の良いものって、過去の文化・生活の中にあるんだなと、感じています。

    日本的なデザインとは?

    そんな問いを立てると、必然的に過去に遡る事になるのです。

    そこに【武士道】があったと。

  • 筆圧が強い絵描きにオススメの【シャーペン】はSTAEDTLER(ステッドラー) 925 25-05

    絵を描く人

    今回は、僕が愛用しているシャーペンを紹介させて下さい。mikio(@mikio_96 )です。どうも。

    突然ですが、僕は筆圧が強いです。

    それは何故か。

    表現に於いては、感情が表に出易いからなんでないかと、自分では思っています。

    或いは、感情を解放したいと潜在的に思っているのか。(なんだか後者っぽい気がしてきました)

    普段はクールです。これは今まで色んな人に言われて来た事なので、間違い無いでしょう。

    例えば、人の表情を描く時、気付いたら絵と同じ顔をしています。

    人の表情の絵を描くと、その対象の顔が僕の顔に宿るので、僕をファミレスで見掛けた人は、「おや、あの人どうしたんだろう?」と思われている事でしょう。

    ギターに関しても、最初の頃のライブでは、血が出るくらいの強さで弾いていました。

    何処かでその方が、【感情が強く道具に伝わる】とか潜在的に思ってたんだと思います。

    つまり、バカなんだと思います。あ、間違えた。そのくらい感情優位の人間なんでしょうね。

    筆圧が強い絵描きの悩み

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    mikio

    集中!!

    【ガッ!】っと没入しようとする時、強い気持ちが要ります。

    初めてスーパーサイヤ人になった時の、悟空みたいな力の入り方です。

    これがもっと小慣れた悟空みたいに、スッと入れるといいんですけどね。スーパーサイヤ人に。

    修行が足りないって事ですね。

    そんな僕なので、30秒ドローイングやってると、シャー芯がバキバキ折れます。

    Left Caption

    mikio

    あーもうヤダ!もっと頑丈なシャーペンないかな!

    そこから、色々なシャーペンを試しました。

    知名なところで言うと、Dr.GRIPとか。

    しかし、【シャー芯折れないよ】と謳ってる系のものを買ってはみたけど、僕のバキバキ病の前では、「いや、全然折れるよ?」と云う有様だったんですよね。

    そんなこんなで、やっと巡り合ったのが、伊勢佐木モールの有隣堂での事。

    製図用のシャーペンで、見るからに頑丈そうな佇まい。

    ほど良い重量感、堅牢性、安定感。

    それが【STAEDTLER 925 25-05】だったのです。

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    このシャーペンを使うようになってからは、依然として芯は折れますけど、頻度は減りましたね。

    芯の直径は5種類

    芯のラインナップは、以下のようになってます。

    • 0.3mm
    • 0.5mm
    • 0.7mm
    • 0.9mm
    • 2.0mm

    より太い方が、折れにくいかなと想定しつつ、描き心地とのバランスを考えると、僕の場合は、0.5mmだと細いし、0.9mmだと太いなと感じたので、間をとって0.7mm。

    つまり【STAEDTLER 925 25-07】です。

    それ以来、行く先々でシャーペンをチェックしますが、取り扱ってるお店を見た事がありません。

    今は、【ネットで買う】と云う技を覚えたので、予備用はネットで買ってます。

    僕のようなシャー芯バキバキ病の方は、試しに如何でしょう?

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    ディズニー限定バーションもあるみたいですよ。

  • 【体験談】電子書籍リーダーのKobo Clara HDを使った結果

    電子書籍リーダーを買ってみました。楽天Koboです。

     

    Kobo Clara HD スリープカバーセット(ブラック)

    価格:
    17,380円

    (2019/12/17 10:54時点 )

     

    これでついに、電子書籍リーダーのUXに対する、パーソナルな結論が出せます。

    Kobo Clara HDのパッケージ

    開封するとこんな感じ

    Kobo Clara HD開封

    取り出してみる

    Kobo Clara HDを出してみる

    ONE PIECEの最新刊を並べてみると、単行本の方が少し大きめ。

    Kobo Clara HDとONE PIECE

    紙なのか電子ペーパーなのか

    因みに以前、こんな記事を記しました。

    参照記事:電子書籍って専用のデバイスが無くても利用出来るらしい

    アプリでも電子書籍は利用出来る。

    じゃあ、そのアプリと電子書籍リーダーとの違いは?

    電子の総合的な利便性は?等々。

    今回、これを実際に体感する事で、自分の中で答えの出せなかった問い。

    紙VS電子。の二項対立に決着が着く訳です。

    携帯性収納性の観点から見れば、圧倒的に電子に軍配が上がるんですよ。

    問題は視認性の部分なんです。

    流石に、紙の読み易さに勝るとは思いませんが、UI的に、最低限の視認性を確保できれば、電子書籍でも今後遜色無い使い方が検討出来ます。

    つまり、スマホ以上、紙以下なら、バランスとしては納得かな。と。

    さて、この電子書籍リーダーを、1ヶ月程使ってみた感想を列挙すると、こんな具合でした。

    • 意外と読み易い。
    • 読む気になれる(UI的に)
    • 本特有の静寂がちゃんとある(スマホは何故か、妙な五月蝿さと意識的な障壁を感じる)
    • 文字情報メインなら電子書籍でもストレス無い
    • ポケットに入る(6インチタイプ)

    意外と読み易い・読む気になれる・本特有の静寂がちゃんとある

    やっぱり電子とは言え、インクだからですかね。静かな読書感を得られました。

    此処での静寂って何かと言うと、集中の事です。

    深度が深まれば、ざわついた感覚も消えます。此処は大きいです。

    しかも、本文に対して、ロングタップ(長押し)からドラッグで文字指定すれば、気になるフレーズをハイライト(蛍光マーカーみたいな)で強調する事も出来ます。

    更に、ハイライトに対して、ちょっとしたメモ。書き込みも出来ますよ。(僕はほとんど使ってませんが)

    但し、殆どの操作に於いて、インタラクションに一拍入るんですよ。

    例えば、ハイライトを入れる時。

    反応が鈍すぎて、文字の範囲を指定するだけで、気持ちの悪い時間が掛かります。

    タイムラグ不可避です。

    つまり、跳ね返りが遅いので、電子書籍リーダーに何か入力したい場合、非常にストレスです。

    もたもたやってる内に、何を記したかったのかが飛びそうです。

    文字情報メインなら電子書籍でもストレス無い

    後述しますが、リフロー型の、デバイスに対して文字が可変してくれるタイプの電子書籍であれば、何も気になりません。

    逆にフィックス型になると、大きい画面の電子書籍リーダーでないと読みにくいです。

    ポケットに入る(Kobo Clara HD 6インチタイプ)

    Kobo Clara HDのサイズが、157.0 x 111.0 x 8.3 mmです。何気なくズボンのポケットに突っ込んでみたら、すんなりポケットに入るので、電車通勤時に便利かも知れないです。

    但し、ここで注意点があります。

    電子書籍リーダーの画面は圧迫に弱かったのです。

    詳細は以下の記事で。

    参照記事:カバンに入れて持ち歩くな!?電子書籍の画面は圧迫に弱かった

    電子書籍リーダーのインチ数は大きい方が良いか

    此処、結構重要な点なんですけど、書籍によっては、フォントサイズの変更が不可なものもあるんです。

    電子書籍は、基本的にリフロー型フィックス型の二種類に分類されます。

    フォントサイズを変えられないタイプが、このフィックス型な訳です。

    図や写真がメインの書籍は、可塑性が無いので、デバイスのサイズ毎に可変しないんです。

    つまり、画面毎に自分でピンチして拡大するしかない。

    ピンチアウトとは

    iPod touchやiPhone、iPadなどにおけるマルチタッチスクリーン操作のうち、画面上の操作対象を広げるように2本の指を離していき、画面を拡大させる操作のことである。

    ピンチアウトに対して、画面をつまむようにして2本の指を近づける操作はピンチインとよばれる。ピンチインでは画面の縮小ができる。ピンチアウトやピンチインは単に「ピンチ」と総称される場合も多い。

    出典:Weblio辞書/IT用語辞典

    そうなると、ただでさえ感度の鈍いタッチパネルなのに、一々ピンチで拡大して、ドラッグで文字を追うとか、そんなのやってられません。

    商品説明の注記をよく見ると、7インチ以上を推奨としてる書籍があるので、その場合、最大サイズのデバイスで読むか、大人しく紙の方で読むかを選択した方が良いでしょう。

    従って、電子書籍を購入する場合、リフロー型なのかフィックス型なのかを先ず確認しておいた方が良いです。

    基本的に、固定レイアウトは現段階では、かなり読み辛く感じました。

    文字が小さ過ぎて視認性が悪い。

    しかも、文字サイズを変える事も出来ない。

    この辺、フィックス型はせめて、ワンタップで視線をズラすような仕組みを開発してほしいです。

    従って、図版立高めの、フィックス型の電子書籍を買うのであれば、紙を選んだ方が良い。と云うのが、現時点での見解です。

    本型の電子書籍とかあったら面白いのにな

    電子書籍リーダーの最悪なところは、見開きが見開きとして機能しない点にあります。

    仕様的に、1ページずつしか表示されないんですよ。

    つまり、迫力や静寂、感動の見せ場となる筈の見開きシーンが、半分ずつ、ぶった切れた状態で表示されるのです。

    興醒めですね。

    例えば、ワンピースのこの有名なシーン。

    ONE PIECEの見開き

    出典:ONE PIECE 60巻 122,123p

    知らない人からすればなんのこっちゃですが、眼球の奥の温度が急上昇してブワッてなるシーンなんです。

    そこは興味があれば読んで頂くとして。

    通常であれば、言葉とルフィの顔が、最初のレイヤーとして知覚されて、仲間の顔がその後ろのレイヤーとして知覚されます。

    この、ページを開いた時に伝わる第一印象

    つまり、情報のスピード感が、感情の衝撃を喚起させます。

    しかし、電子書籍で読むと、見開きであっても、タップして右のページが表示されて、またタップして左のページが表示される。

    この余計な手続きが入ると、変なタイムラグの所為で、本来意図されているであろう視線の動き、折角の見開きシーンの醍醐味が台無しになってしまうのです。

    これに関しては、電子書籍を想定して描かれていない限りは、どうにもなりません。

    漫画は基本的に、本として適切な表現で描かれます。

    当然ですね。電子書籍側が、異端ですから。

    そして、誰もが子供の頃からずっとこの形で馴染んでいる為、読みやすさで言えば、明らかに本の方が読み易いです。

    ※2018.10.24に、Koboシリーズ初の見開き型の電子書籍リーダー、Kobo Formaが登場。

    N782-SJ-BK-S-EP kobo 電子書籍リーダー Kobo forma

    価格:
    31,680円

    (2019/12/17 13:16時点 ) 

    これは僕の妄想なんですが。

    例えば、電子書籍がiPadみたいな形じゃなくて、実際に本の形をしていて、ページをめくったら、内容だけがブゥーン。と同期出来るものだったらいいな。なんて思います。

    そしたら、本の良いところ(人類にとって馴染んでいる部分)と、電子書籍の良いところ(一つに複数のコンテンツを格納出来る部分)を併存させられる。

    全てのページが白紙の本を1冊を持つだけで、実質数千冊の本を持ち歩くのと同義となれば便利だ。

    でも、ページ数の問題とか、あまり実用的じゃないですかね。

    Kobo Clara HDを使ってみた結論

    電子書籍リーダーを一言で言うと、タイムラグデバイスです

    インタラクション的に、タッチパネルの反応は遅い上に、漫画の見開き表示は分断される。

    従って、認識にタイムラグが発生する。

    これは正直、現段階では中途半端なデバイスと言わざるを得ない。

    そこはいずれ、UIが改善されて、UXが刷新される未来に期待するしかないですね。

    ただ、これでハッキリしたのですが、当分、部屋の本が全部無くなる。

    なんて、ミニマリストじみた生活に近付く事は無さそうです。

    つまり、電子書籍リーダーに全てを任せる事は出来ない。と解ったので、適切な使い分けで役割を分担してもらうイメージです。

    著者によっては、全く電子書籍化されていない場合もありますので。

    個人的には、図版立低めのテキスト中心のもの(リフロー型)は、電子書籍リーダーに任せよう。と云う選定のスタイルを取る事にしました。

    カラーである必要性を持つデザイン系の本や、WEB系の技術書等々は、やはり紙の本である必要があると此処で再認識

    それと、慣れもあるんでしょうけど、今の所は、漫画を読む用途として扱う気にはならないです。

    特にONE PIECEに関しては、電子版は絶対買いたくないですもんね。

    少しでも集中を削ぐような、余計な意識を発生させたく無いので。

    関連記事:楽天Koboアプリ最大の欠点はハイライトの仕様