カテゴリー: 考察してみた

  • シュプレヒコール(RADWIMPS)の歌詞の意味を考察してみる

    おはようございます。mikioです。どうも。

    今回は、2012年にリリースされた、RADWIMPSのシュプレヒコールっていう曲を、考察してみます。

    勝手ながら、個人的に【シュプレヒコール】はRADWIMPS史上、最高傑作だと思っています。

    バンドのフロントマンである、野田洋次郎(敬称略)は、換喩(メトニミー)の使い方が秀逸なんですよね。

    換喩ってのは、比喩の一種です。

    所謂、「全米が泣いた」みたいな事です。

    その点、【白と黒とがやりあってる】っていう、抽象度上げまくりの表現は、見事だとしか言えない。

    これ、最近の話に置き換えると、捉え方によっては、白人と黒人の差別の歴史っていう切り取り方も可能ですよね。

    2020年5月末に、アメリカで起こったデモ運動と、どこかリンクする部分があります。

    6月頭くらいに、Twitterのタイムラインで、この動画が流れてきました。

    「何百年以上、何世代にも渡ってこのプロテストは続いている」とカーティス・ヘイズ・ジュニア(31歳)さんが語るように、何も変わらない差別の歴史がある。

    これ見てたら、電車の中で涙が止まらなくなってしまいました。

    それ以来、アメリカの歴史を調べる事に。

    その辺の話は、以下に音声として録ってみたので、併せてどうぞ。

    実は、今回の記事は、このアメリカでの黒人差別へのデモが、キッカケだったりします。

    アイヒマンか、スターリンか、どっちか定かではないんですが「一人の死は悲劇だが、集団の死は統計上の数字に過ぎない」って話をしている人がいました。

    これは的を得ています。

    差別問題が、スマホとSNSという媒体に乗って、パーソナルなところまで降りてきた映像があったからこそ、僕の感情は動きました。

    例えば、「今日1日の、コロナウィルスの感染者は数百人です」

    とか言われるより、その中の1人の物語に焦点を当てる方が、人の心は動くって事です。

    さて、本題に入ります。

    シュプレヒコールの「述語と主語がやりあってる」ってどういう意味?

    今日も世界のあちらこちらで

    述語と主語がやり合ってんだ

    文脈さえ通り越しちゃえば

    きっと平和の世界征服さ

    出典:シュプレヒコール

    RADWIMPS/野田洋次郎

    これはどういうことか?

    長いこと考えていました。

    述語と主語がやり合ってるっていうのは、それこそ【文脈の話】をしているって事だと思うんですよ。

    ここで言う文脈ってのは、「今日も世界のあちらこちらで」って言ってるように、地球上の人間、延いては生物の営み、そのものを指しています。

    例えば、なんでもいいんですけど

    • 荷物を持ち上げる
    • 扉を開ける
    • カレーを味わう
    • 天を仰ぐ
    • 貴重品を預ける(預かる)
    • 水を与える
    • 心を操る
    • 車を洗う
    • 虫が集まる
    • 本を売る(買う)

    みたいなことです。

    僕のイメージだと、誰が(主語)、どうした(述語)とか、何が(主語)、どうなった(述語)っていう、人間が捉えることのできる行動様式とか、様々な現象が浮かび上がってきます。

    地球上の歴史ってのは、これまで途絶えることなく、連続して繋がっています。

    この短いフレーズで、その【連続】の部分を、状況説明してるんだと思うんですよ。

    ただ、その後に、「白と黒とがやり合ってる」っていうフレーズが出てくるので、何回かシュプレヒコールの曲を聴いてると、述語と、主語が、衝突しているっていうイメージが強まってしまうかもしれません。

    ここでの「やり合ってる」っていうのは、人間の営みに対する情景描写であって、「ぶつかり合ってる」っていう、二項対立の話ではないんだと思ってます。

    「やりとりをしている」とか「行き交ってる」っていう、交錯したイメージを述語と主語っていう部品を使って、描いている。

    つまり、世界中で「言葉が飛び交ってる」っていう、ニュアンスの描写なんだと思うんですよね。

    で、文脈さえも通り越しちゃえばってのは、国境の壁を越えるってことなのか。

    文化の違いを超えるってことなのか。

    これまでの歴史の連続性が形作った、文脈を越えるってことなのか。

    いずれにしろ、【平和の世界征服】っていうフレーズから見ると、人種とか、文化とか、自分達を隔てている【違い】さえも飛び越える事ができたなら。

    ってことなんだろうな。

    野田洋次郎というソングライターは抽象度(目線)のチューニングが上手い

    そんな感じで、めちゃめちゃスケールのでかい話だし、目線は超メタなところにあります。

    野田洋次郎というソングライターは、マクロな視点が得意なんだなーと思います。

    神と仏のダイアローグを、まるで童話のようにコミカルに描いていたり。

    輪廻転生的な宗教観を使って、「前前前世から、来来来世にやってきました。うへへ。」っていう、大袈裟なまでの世界観にまで発展させてしまったり。

    時空をも超えてしまうくらいのスケール感なんだけど、実態は、月並みな恋愛の話だったりする訳で。

    冷静に見たら、「いや、そんなわけないじゃん」っていう、ナンセンスな批判をして終わってしまう話でもあるんだけれども。

    だって、彼氏・彼女からいきなり「前前前世から逢いに来たよ」とか言われたら、普通にヤバい奴じゃないですか。

    それが、【君の名は】というアニメーション映画と、そこに寄り添うように作られた【RADWIMPS】の楽曲っていう、2つの文脈に乗っかる事によって、得体の知れない感動に繋がっていくんだと思うんですよ。

    (実は、未だに【君の名は】という映画は見れてないのです。言ってることズレてたらごめん)

    音で表現されている【大衆】としてのノイズ

    ぐっちゃぐちゃの、ノイズの気持ち良さってのがあると思っています。

    それは、心境によっては「聴いてるのがツラい」っていう音色だったりします。

    うるさいのに、心地いいってのが、ノイズの不思議なところです。

    例えば、銀杏Boyzっていうバンドのノイズは、まさにそれに該当しますね。

    何故に、こんなビリビリとやかましい音なのに、爽やかなんだろうか。

    或いは、9mm Parabellum BulletDiscommunication(ディスコミュニケーション)とか。(2:50以降)

    文字通り、ギターを掻き鳴らしている部分です。

    THE NOVEMBERSのバースデイとかも、このイメージ。

    で、シュプレヒコールも、サビ前で、ギターがぐちゃぐちゃにやるんだけど、これが心地いい。

    今は地デジになって見られなくなったけど、アナログ放送で見れた、テレビの砂嵐(ホワイトノイズ)のようなノイズ感。

    雪崩のように暴力的で、カタルシスのように心地よく、崩壊した街のようにカオス。

    因みに、子宮の音もホワイトノイズだけど、実際は、低音の雷鳴みたいな音らしい。

    従って、ホワイトノイズってのは、人間にとっては馴染み深い音なのかもしれない。

    全然、憶えてないけど。

    さて、シュプレヒコールに於いては、このノイズが、【大衆】が作り出す【うねり】として表現されているように感じます。

    これが音楽の面白いところ。

    曲(ポップミュージック)の世界観ってのは、音に依存します。

    そして、音が言葉のバーチャルリアリティ(世界観)の輪郭を補完してくれるのです。

    歌詞ってのは、言葉だけでは成立しません。

    言葉と音が重なってこその、歌詞です。

    言葉の世界と、音楽の世界が、オーバーラップするから、臨場感と共に情景が映像化される。

    例えば、BUMP OF CHICKENのメーデーのリフって、めっちゃ潜ってません?

    アルペジオでも、オクターブでもない方の、全音符的な長い音符(俗に言う白玉)の、和音で「ジャーン」って、やってるやつ。

    あのコードの音色って、メーデーの文脈の中で鳴らされると、泳いでる感がすごいんですよね。

    光が届かない海の色のような、黒に近いネイビーっぽい情景が浮かびます。

    アルペジオが、水中の泡というか、宇宙の星というか、そういう映像になる。

    僕の頭の中に浮かぶイメージを言語化しようとすると、こんな感じになります。

    隠しトラックに「星のアルペジオ」っていう曲があるけど、藤原基央(敬称略)のアルペジオって、ホントに【星】っぽいんですよね。

    宇宙感がすごい。

    冷たい声の合唱に 希望の度を越えた歓声に

    もみくしゃになったまま 走らせた今日を

    右向け右の号令に 正気を失った万歳に

    しわくちゃになったまま 明日を迎えにいくよ

    出典:シュプレヒコール

    RADWIMPS/野田洋次郎

  • 怒りっぽい人は常に一次感情(ネガティブ系)で脳がキャパオーバーな状態にある

    闘争の猿

    おはようございます。mikioです。どうも。

    いきなりですが、質問です。

    仮にですよ。

    「はい、じゃあ今から怒ってください。どうぞ」

    って言われて、あなたは怒れますか?

    役者でもない限り、難しいんじゃないですか?

    僕はできません。

    取り敢えず「コラァ!!!」とか「オラァァ!!」とか言う事はできても、情動的なスイッチは入りません。

    これは、以下の記事でいうところの、道具的攻撃の状態ですよね。

    参照記事:キレた時に黙ってしまう原因は怒りの感情と言葉が共存できないから

    姿勢を前のめりにするとか、ムカつく記憶を思い出そうとするとか、なんらかのトリガーを使って、怒りを呼び覚ます事はできるかもしれない。

    でも、無から怒りを召喚するってのは、やっぱり難しいです。

    敵意的攻撃の状態になるには、何者かに脅かされるような刺激が要りますね。

    こう考えると、【怒り】という主観的な感情に至るまでには、必要な条件ってのがある訳です。

    じゃあ、それは何か?

    第一次的な感情の蓄積です。

    参考図書[itemlink post_id=”13922″]

    [itemlink post_id=”13822″]

    怒りとは一次感情が心のコップから溢れた時に暴走する二次感情

    人がイライラしてしまう時の理由として、余裕が無いってのは定番の理由です。

    産後クライシスってのは、肉体的にも、精神的にも、余裕が無いからこそ、クライシスなんですよね。

    安眠できないってのは、それだけでキツイもんですよ。

    ここで、人が処理できる感情のキャパシティってのを、コップに例えてみます。

    余裕が無い人ってのは、常に、コップの中に何かが溜まり切っています。

    それは全て、ネガティブな感情である場合が大半です。

    • 「つらい」
    • 「苦しい」
    • 「寂しい」

    そういった不安とか、哀しみのたぐいが蓄積している状態なのです。

    同じ出来事なのに、許せる時と、怒ってしまう時があるのは、自分がキャパオーバーしてるか、してないかの問題だったりします。

    つまり、怒りっぽい人ってのは、=キャパ越えてる人ってことになります。

    怒りを抑えたいのなら、それを制御する脳、前頭前野が如何に機能するかってところが重要です。

    で、このコップの大きさと、脳の前頭前野の発達具合ってのは、相関しています。

    タスクの突っ込み過ぎなのか、コップ自体が小さいからなのか。

    とにかく止めどない想いが、器から溢れ出しているのです。

    人が怒る時の脳内では何が起きているのか?そのメカニズムに迫る

    人が、怒り心頭に発する時、体の内部では何が起きているか、ご存知でしょうか?

    まず、左脳優位になって、相手への接近願望が強くなります。

    不安や恐怖を司る、扁桃体が反応し、相手に対して不快感を抱くことになります。

    更に、心拍数が上がって、全身に血液が巡り、酸素が行き渡る。

    そして脳内物質は主に、2種類の分泌が促されます。

    • アドレナリン
    • ノルアドレナリン

    この脳内物質は、それぞれ神経面(ノルアドレナリン)と、筋肉面(アドレナリン)に作用します。

    つまり、準備が整うのです。

    準備ってのは、攻撃の準備です。

    なんの脈絡もなく、怒りの情動が噴き出してしまう。なんてことあります?

    あくまで、なんらかの入力があってこそ、その反応としての怒りが出力されます。

    つまり、準備ってのは、攻撃というよりは、迎撃の準備と言った方が適切かも知れませんね。

    この怒りという感情。建設的なベクトルに持っていければ推進力として機能してくれます。

    でも、コントロールできないと、破壊的な方向に突き進んでしまう情動になり得ます。

    社会通念的な観点から見る【怒り】のスイッチ

    社会的な観点から見れば、怒りという感情は、その国の文化や社会規範に強く影響されます。

    例えば、ドイツでは、挙手するだけで逮捕されるか、誰かに殴られます。

    ヒトラー式敬礼を連想させるからです。

    日本でも、2016年のハロウィンイベントで、欅坂46の衣装がナチス的だった事から、ユダヤ系の人権団体から抗議を受け、謝罪に追い込まれている事例があります。

    日本は当時、ナチスの迫害を直接受けていないので、そこに対して呑気というか、ナチスのイメージをただのファッションとして扱ってしまうところがあるようです。

    それこそ、初代仮面ライダーの悪役戦闘員、ショッカーの「イーッ」ってやるヤツとか、ドイツの人が見たらどう思うんだろうか?

    ドイツ人からすれば、ホロコーストは忌まわしい過去。トラウマです。

    それを彷彿とさせるものを見た瞬間、怒りを買うには、十分な理由になる訳です。

    それこそ、彼らにとって、非常識なことをやってるわけですから。

    怒りの感情によって僕らはここまで生き残ってきた

    平和だと言われている日本でさえ、今からさかのぼること75年前までは、国単位で殺し合いをしていました。

    今だって、スカイクロラの世界観のように、ショーとしての戦争を、架空の映像を通して楽しんでいます。

    [itemlink post_id=”13813″]

    もはや人間にとって、闘い娯楽(エンターテイメント)なのです。

    仮面ライダーとか、なんとかレンジャーなんてのは、その典型じゃないでしょうか。

    今思うと、子供の頃に、男の子が見えない敵と戦っていたのは、テストステロンのせいなんじゃないかという気がしてきました。

    草っ原で、勇敢そうな顔つきで木の棒を振り回してたのは、テストステロンのせいなんだな。

    きっとそうだ。

    参照記事:ダークサイドに落ちる男のメカニズムを脳内物質を引用しながら科学的に解説してみる

    それこそ人類(男)ってのは、根っからの戦闘民族なのだと言えそうですね。

    逆に言えば、戦場に立って、怒りに伴う脳内物質が分泌されない人ってのは、生き残って来れなかった筈ですよ。

    やらなきゃ、やられるんだから。

    「弱ェ奴は死に方も選べねェ」のだから。

    ロー「弱ぇ奴は死に方も選べねぇ」

    出典:ONE PIECE/67巻/107p

    ボーっとしてたら、獣の牙で噛み切られて、以上終了。ですよね。

    そう考えると、怒りによって生命の自衛が果たされてきた歴史があります。

    現代社会の文明の方が、進歩するスピードが早過ぎなんですよね。

    その点、人間の脳は、現代社会に最適化されてません。

    未だに、狩猟採集時代のままです。

    それこそ、人間にとって都合のいい、道徳とか、倫理なんてものは存在すらしない。

    それこそ純粋な、弱肉強食の世界に存在してた時のままってことです。

    したがって、できるだけ怒りの感情についての知識を得つつ、壊す方ではなく、守る方にベクトルを振って行きたいところですよね。

    怒りのタイプがわかるアンガーマネジメント診断をやってみた

    アンガーマネジメント診断結果

    アンガーマネジメント診断は、基本的には書籍購入者で、アクセスコードを使って一回限りの診断が可能となっています。

    ただ、これ、Amazonプライムのプライムリーディングで読んだ本でも、アクセスコードが使えます。

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  • 子育て×スマートスピーカーは子供の教育に有効なのか?

    スマートスピーカー(Google Home Mini)

    おはようございます。

    朝起きると、必ずうつ伏せになっててヨダレがだーだーの男。mikioです。どうも。

    さて、正直なところ、2019年の年末まで、「スマートスピーカー要る?」って思ってました。

    イマイチ、その良さがわからない。

    わからないから、気にもならない。

    そんな風に思ってた自分が、スマートスピーカーに興味を持つようになった、キッカケがあります。

    その理由が、この動画だったりします。

    あー、そうかと。

    子供にとって、目の前に、しかも常に、声のやり取りで質問できる先生(AI)が居る状況って、面白いかもと。

    何故なら、文字が読めなくても、書けなくても、打ち込まなくても、声の入力に対して、声のフィードバックが返ってくるからです。

    スマートスピーカーは孟母三遷の教えに従うデバイス

    子供は3歳にもなれば、もうそれっぽい会話ができるようになってきます。

    ましてや、娘は5歳。まだ文字は読めないけど、会話は普通にできる。タイミング的にはかなり良いなと。

    わかんない事があったら、どんどん聞ける。

    そういった環境を用意するだけでも、子供が学びを得るスタンスは変わってくるかもと思った訳です。

    孟母三遷 もうぼさんせんの教え】っていう、故事的な教訓があるけど、正にそれ。

    孟子の母は、はじめ墓場のそばに住んでいたが、孟子が葬式のまねばかりしているので、市場近くに転居した。ところが今度は孟子が商人の駆け引きをまねるので、学校のそばに転居した。すると礼儀作法をまねるようになったので、これこそ教育に最適の場所だとして定住したという故事。

    教育には環境が大切であるという教え。また、教育熱心な母親のたとえ。三遷の教え。

    出典:デジタル大辞泉

    孟母三遷 もうぼさんせんの教えに関しては、武田邦彦(敬称略)の動画にて、わかりやすく解説されています。

    スマートスピーカーってどんな種類があるの?

    そうすると、次に気になる点は、じゃあ、スマートスピーカーには、どんな種類があるのか?ってところですよね。

    現時点で主要なスマートスピーカーっていうと、ザックリ4種類に分類できます。

    • Amazon Echo
    • Google Home
    • LINE CLOVA WAVE
    • Apple HomePod

    以上が、スマートスピーカー四天王ってところでしょうか。

      それぞれに搭載されているAIは、以下の通りです。

    • Amazon Echo → Alexa(アレクサ)

    [itemlink post_id=”12919″]

    • Google Home → Googleアシスタント

    [itemlink post_id=”12920″]

    • LINE CLOVA → Clova(クローバー)

    [itemlink post_id=”12910″]

    • Apple HomePod → Siri(シリ)

    [itemlink post_id=”12921″]

    なんかもっと、乱立してるのかと思ってましたが、並べてみると、案外少なく感じます。

    スマートスピーカーの最適解は人によって異なる

    それぞれのライフスタイルによって、個人最適するスマートスピーカーは、異なってきます。

    例えば、家族や友人と、LINEでのコミュニケーションを取る頻度が多い人は、手の離せない時に、音声入力でLINEのやりとりができるLINE CLOVA WAVEが適当だろうし。

    Amazon Prime使ってるような、Amazonのヘビーユーザーであれば、Amazon Echoが適当って事になってきます。

    僕は、子供へのプレゼントとして、スマートスピーカーを選んだ背景があるので、デザイン面重視で、Clova Friendsにしました。

    参照記事:5歳の娘が喜びそうなプレゼントはClova Friends BROWN説

    調べた感じだと、Amazon Echo vs Google Homeが、スマートスピーカー界のメインストリームのようです。

    盤石な選択はAmazon Echoですかね。価格の幅も出揃っています。

    スマートスピーカーを最大限に活かすには【家電のIoT化】必須

    スマートスピーカーを買った場合、その機能による恩恵を最大化させる為には、【家電をIoT化】させるっていう、必要性に駆られます。

    まず前提として、Wi-Fiに繋ぐ必要があります。

    この前笑ったのが、知り合いで、家にWi-Fiが無いのに、スマートスピーカー買ったって人がいました。

    Wi-Fiが無いと、ただの(音質の悪い)Bluetoothスピーカーですからね。

    そこは、要注意です。

    蛍光灯も、スマートスピーカー対応のものに、買い換える必要も出てきます。

    [itemlink post_id=”12927″]

    その点で言うと、面白い商品があります。Switch Botです。

    [itemlink post_id=”12923″]

    これは、【家電のIoT化】に、一役買ってくれます。

    このハブ(SwitchBot Hub Plus)を使えば、スマートスピーカーなんの変哲もない電気のスイッチが、IoT化される。というもの。

    [itemlink post_id=”12924″]

    家のスイッチ部分にSwitch Botをくっつけると、スマートスピーカー への呼びかけによって、電気のオンオフをやってくれるんですよね。

    自分でオンオフした方が早い気もするけど、これ、面白いです。

    LINE CLOVAだけ、対応してないっぽいけど、CLOVAは独自のハブがあります。

    [itemlink post_id=”12925″]

    スマートスピーカー最大のメリットは画面が無いところ

    Amazon Echoで、こんな商品出てますけど、スマートスピーカーの良さが消えてしまっています。

    [itemlink post_id=”12884″]

    iPodに負けた、当時のSONYみたいな事になっている。

    「スマートスピーカーに画面つけるんなら、スマホでよくないですか?」と思うんだけど、そこんところ、どうなんでしょうか。

    個人的な意見としては、5歳から、手元の画面をガン見してるのってどうなの?ってのが、懸念としてあります。

    仮に、至近距離で画面を見続ける事のできる、環境を用意してしまった場合(iPadをプレゼントするとか)。

    発達段階にある、子供の視力を奪う事になるんで無いかと。

    だからこそ、スマートスピーカー(音声)と、子供との相性は、いいんじゃないかと思うのです。

    大人にとっては、デメリットになりうる画面レスも、子供にとっては、メリットしかない。

    LINE Clovaに期待する事は子供の発音と論理性の向上

    機械は大目に見る余裕や常識を持たない

    出典:誰のためのデザイン/p7/ドナルド・A・ノーマン

    僕が、Webデザインを始めた時に、辛かったのが、論理性と正確性との対峙です。

    僕は、どちらも欠落していました。

    論理的に伝える事ができないと、機械は指示を認識しません。

    コーディングも然りです。

    • 大文字と小文字を間違えるとか
    • 打ち込むスペルを間違えるとか
    • スペースが入ってしまうとか

    そういった、ニアミス1つで、ブラウザは人間側の意図を汲み取ってくれません。

    人間だったら、文脈から予測してくれるっていう部分はあるけど、機械は違う。

    「照明つけて」って言ったつもりが、微妙な発音のニュアンスで、LINE Clova的には「少年つけて」って言われた事になってるって事はよくあるんですよね。

    ズレたリアクションが帰ってくるのは、それはそれで、面白いんですけどね。

    娘が「ラピュタの音楽かけて」って言ってみたら、テクニカルなジャズサウンドが流れ出すとかね。結構あるんですよ。

    因みにLINE Clovaが、言われた言葉をどう認識しているかは、LINE Clovaアプリのアクティビティってところをチェックすると、わかります。

    で、これって逆に言えば、機械に対して、正確に言葉を伝える為の訓練になり得るって事です。

    特に、島国である日本人は、コンセンサス社会に身を置いています。

    単一民族の、単一言語で生きているからです。

    それ故に、空気を読む事が重視されがちです。

    逆に言えば、論理的に伝えなくても、なんとなく伝わってしまうって事です。

    その点、幼い頃から、いっさい空気を読まない機械相手に、伝わるように言葉を扱うって事に慣れていたとしたら。

    僕のように、「論理って何!?」って事に、悩まされる事も少なくなるかなと。

    実際スマートスピーカーが生活に入ってきてみた結果はどう?

    子供にLINE Clovaをプレゼントしてみて、1ヶ月くらいが経ちました。

    「ねぇクローバ!おならの音やってー!」

    「本当にやるんですか?…ぶー!」

    「キャハハハ!」って感じです。

    んー。あとは、子供次第ですね。

    最近気になっているのが、スマイルゼミという教材タブレット。

    使ってみたらレビューしてみます。↓



  • ポエムを真っ二つに分断したい【恥ずかしい自己陶酔vs美しい共感】

    ポエムと花

    Twitterを見てると、揶揄する言葉としての【ポエム】という単語が散見されます。

    そういうのを見ると、なんかこう、引っ掛かるというか、妙に物哀しくなる。

    なんでそう感じるのかっていうと、他人事じゃないからですよね。

    僕は、今までずっと、そのポエムとやらに助けられて来ました。

    それどころか、ポエムに憧れさえ抱いて来た、当事者だからです。

    具体的に言えば、それはBUMP OF CHICKENを筆頭に、凡ゆるロックバンドの抽象的な歌詞に、心を動かされて来た人間の1人な訳です。

    真剣にポエムをつくってる人がいます

    言葉を生業にしている人が居ます。

    その延長上に、音楽の歌詞があります。

    女性シンガーソングライター、宇多田ヒカル(敬称略)を例に挙げます。

    彼女が出演していたTV番組、プロフェッショナルを見ていた時の話です。

    その時に、「3年掛かっても完成しない詩と曲がある」という話をしていました。

    これ、共感してしまいます。

    僕ごときが共感とか言うと、彼女の行動のポテンシャルを小さくしてしまうんだけど。

    何かをつくってる人って、常に未完成の何かが生活の傍にあると思うんですよ。作りかけのプラモデルみたいなヤツが。

    で、その曲は、【Ghost】という仮タイトルで、最終的には【夕凪】という曲としてリリースされています。

    彼女は曲作りの過程に於いて、仕事の時間的に一番長いところは、自宅で誰もいない状態で一人で制作している時間であるとも話しています。

    いろいろ弾いてみて、これと思ったらその感覚をたぐり寄せてというか、全く自分の中にないものやない場所に行くとか作るということはないんですよね。

    だから自分の中にあるんですけど、触れないものを取り出すみたいな。

    思い出そうとしていて、何かを。

    「いや違う、それじゃない」という感覚に一番近いです。

    出典:プロフェッショナル 仕事の流儀2018年07月16日放送/宇多田ヒカル

    これって、宇多田ヒカルのみに限らず、作詞作曲している人には該当するニュアンスだと思います。

    世の中には、真剣に言葉を紡ぎ出そうと、足掻いている人がいます。

    敢えて言うと、真剣にポエムをつくってる人がいます。

    つまり、このポエムと、そのポエムを、混同してほしくないというか、自分の中で切り離したい欲求が、この記事を綴っている動機となっているんですよね。

    ポエムが痛いっていう言い分も理解できる

    いや、確かに、言わんとしてる事はわかります。

    • 10代特有の、奇妙な自意識を見せ付けられるようで、気持ち悪い。
    • あまりに自己陶酔的な気持ちを、言葉で表現されると、人の腹わたを見てるようで、気持ち悪い。

    或いは、昔の自分の黒歴史を見てるようで、気分が悪いって人も居るでしょうね。

    つまり、無防備な自意識が、過剰に言葉に乗っかると、見てる側は置き去りにされるんでしょう。

    故に、倦厭され、敬して遠去けられる。

    自他共に痛みを伴う。そして見ている方が絶妙な恥ずかしさを伴う。それがポエム。

    あイタタタ〜。

    メンヘラに響く音と言葉がポエム

    此処で1つ、前提として断っておきたい定義があります。

    メンヘラってのは、当人の特徴でも性質でもなく、状態に過ぎないって事です。

    つまり、誰もがメンヘラになる可能性はあると考えています。

    例えば、シュガーラッシュオンラインのラルフは、完全にメンヘラってました。

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    因みに、メンヘラの定義は以下の通りです。

    「心に何かしらの問題を抱えている人」というような意味合いで用いられている通俗的な表現(インターネットスラング)。

    メンタルヘルス(精神衛生)を略して「メンヘル」と呼び、さらに英語の接尾辞 -er を加えて「メンヘルな人」という意味を加えた言い方と解釈される。

    出典:Weblio辞書

    厳密に言うと、【メンヘラー】だったって事ですね。

    例えば、安室奈美恵のフォロワーをアムラーって呼んでたみたいなニュアンスです。古いか?

    そして人は、2種類の人間に分ける事ができます。

    メンヘラの人間か、メンヘラじゃない人間か。です。

    僕は、自覚がないですけど、メンヘラでしょうね。

    何故なら、こんなブログを運営しているのだから。

    例えば、俯瞰で見れば、バンドやってる人も、バンドを見に行く人も、メンヘラ寄りの傾向があるんじゃないかという気がします。

    音楽は、ナーバスな心理状態にある程、心に接近する作用があるからです。

    哀しい時ってのは、哀しみの当事者になるんです。

    今まで何言ってるかわからなかった言葉(他人事)が、突然、自分のそばで流動を始めるのは、内側の循環の中に、言葉と音楽が、自分の一部として組み込まれるからです。

    そして音楽は、哀しみすらも一体感にしてしまうのです。

    だからその唄は、他の誰のものでもない、自分の哀しみをパスワードにして、認証される場所となる。

    つまり、その感情は、唄ごと自分のものになります。

    このプロセスに、キモいポエムと、美しいポエムの違いがあります。

    メンヘラとは【千と千尋の神隠し】でいう所のオクサレ様である

    抽象度の高い歌詞である程、「これは俺の唄だ」って、感じる事ができます。

    何故でしょうか。

    これは、メンヘラの心理状態に、唄が可変して、聴き手の穴ボコにフィットするからです。

    その時、行き場のない自分の感情のエネルギーが、暴発します。

    千と千尋の神隠しで、苦団子をくれる、名のある川の主のように。

    川に捨てられたと思われるゴミが、膿のように吹き出す。

    それ故に、「よきかな〜」(カタルシス)

    ってなるんですよ。

    つまり、メンヘラとは、オクサレ様であるって言う事もできますよね。

    メンヘラにとって、音楽は、苦団子に相当するからです。

    スタジオジブリのプロデューサーである鈴木敏夫(敬称略)が、「カオナシは、宮さん自身だ」って言ってましたけど。

    僕も含めて、どいつもこいつも、千みたいな人が必要なんでしょうね。

    棘(異物)を抜いてくれるような他人がね。

    人が欲しがるポエムと犬も食わねぇグロテスクなポエムの温度差

    さて、このようにして、人の哀しみに寄り添うポエムの数々。

    辛いカレーでも食って、やり過ごすしかないような心理状態。

    参照記事:【なんか疲れた…】って時に辛いものを食べたくなるメカニズム

    誰にも頼らず、或いは頼れず、自分でなんとかしようとして来た人程、音楽に頼る傾向にあるのではないでしょうか。

    音楽は、生きる上で、有っても無くてもいいものです。

    しかし、有った方が豊かな気持ちになれる人が居ます。僕がその1人です。

    米津玄師の曲の歌詞を、此処で言うポエムの範疇とするなら、お金を払ってでも手元に置こうとするポエムがある訳です。

    なんなら、涙する程の美しさを放ちます。

    そう、CDアルバムなら、約3000円の価値を持つポエムが存在するのです。

    彼の言葉、思想には、定価の雑誌を8倍の価値にまで引き上げてしまう、視座があります。

    参照記事:メルカリで高く売れてる音楽雑誌!米津玄師特集が定価の8倍の値段がつく現象について

    じゃあ、この人が欲しがるポエムと、犬も食わねぇグロテスクなポエムがどう違うのか。

    このポエム問題に於いてのポイントは、その温度差です。

    人の気持ちは、かろうじて同調はできても、同期はできません。

    だから、ポエムを見た側の人は、「は?」とか、「ちょっと何言ってるかわからない」っていう類の反応が生じるのです。

    例えば仮に、「その気持ちわかるよ」って言ってみたって、同じな訳が無いのです。

    少し似てるだけです。

    それでも「わかるよ」って言ってる側は、少なくとも相手に自分を投影するので、なんとかして助けようとお節介をしたり、しなかったりっていう動機に結実します。

    痛々しいポエムは全て自己陶酔の押し売り

    じゃあ、ポエムだと揶揄する人が、冷めた目線で隔てている境界線とは、何か?

    これは、そのポエムが誰の為の言葉かって事で、概ね決まります。

    少なくとも、「は?」って言う人が居るって事は、その時点で、その人の為の言葉にはなっていません。

    ポエムがキモいのは、自分の為に放った言葉を、わざわざ他人に見せたがるからです。

    自分展覧会にディスプレイした自己陶酔を、押し売りしてくるからです。

    「私の自己陶酔、5000円でーす!いかがっすか〜?」

    「買うかボケ!」

    これが、ポエムがグロくなる文脈の一脈であり、その理由です。

    この記事でも述べたけれど、はたから見てキモいか否かってのは【人の役に立つ】か、【人の役に立たない】かっていう判断基準によって棲み分けられます。

    参照記事:【オタクを再定義する】熱を上げる対象次第で人の「キモい」は決まる

    結果的に、誰かのニーズを抑えてるポエムなら、キモいポエムとは言えませんね。

    少なくとも、そのポエムに価値を感じてる人にとっては。

    という事で、この記事を綴っていて、ポエムという概念を真っ二つに分断できました。多分。

    晴れやかな気持ちで、誰かが揶揄するポエムと、自分の憧れたポエムを切り離して認識する事ができる筈。

  • 義務と義理の違いを日本の家族関係から読み解く

    和室に佇む人

    義務と義理ってどう違うんだろう?

    似てるような、似てないような。

    今回はその違いを、ルース・ベネディクト著作の【菊と刀】を参考に、考察してみます。

    [itemlink post_id=”10865″]

    義務教育っていう言葉があるので、義務に関しては、なんとなくイメージは付きやすいですよね。

    「やらなきゃいけない」っていう、制約とか強制力が働くイメージ。

    義理っていうと、真っ先に思い浮かぶのが、バレンタインデーの義理チョコっていう慣習じゃないでしょうか。

    その対比として、本命チョコって言葉がありますよね。

    つまり、義理には建前的なニュアンスが含まれるって事です。

    では辞書で、定義の違いを見てみますと

    【義務】とは

    1. 人がそれぞれの立場に応じて当然しなければならない務め。「義務を果たす」⇔権利。
    2. 倫理学で、人が道徳上、普遍的・必然的になすべきこと。
    3. 法律によって人に課せられる拘束。法的義務はつねに権利に対応して存在する。「納税の義務」

    出典:小学館デジタル大辞泉

    【義理】とは

    1. 物事の正しい筋道。また、人として守るべき正しい道。道理。すじ。「義理を通す」「義理にはずれた行為」
    2. 社会生活を営む上で、立場上、また道義として、他人に対して務めたり報いたりしなければならないこと。道義。「義理が悪い」「君に礼を言われる義理はない」「義理をわきまえる」
    3. つきあい上しかたなしにする行為。「義理で参加する」
    4. 血族でない者が結ぶ血族と同じ関係。血のつながらない親族関係。「義理の母」
    5. わけ。意味。

    出典:小学館デジタル大辞泉

    どちらも、社会的な責任を果たすって言う意味に於いて、やらなきゃいけない事っていうニュアンスを含んでいる。

    その点、【筋を通す】にも相当する気がします。

    参照記事:【筋を通す】の意味には2種類の使い方(ニュアンンス)がある

    少なくとも、好き好んでやるっていう、個人の感情を差し挟まない概念です。

    誰かに強要されるような、強迫観念ですらあります。

    義務も義理も【恩】という日本特有の概念が背景にある

    バレンタインの義理チョコ

    義務義理の違いを理解する為には、恩返しに対する日本人の思考様式を理解する必要があります。

    義務も義理も、同様に【受けたものを返す】という強制力が働く為、悪く言えば、義務も義理も重荷になると言えます。

    肩の荷が増えるので、日本人は借りを作る事を嫌います。

    例えば、缶ジュース一本もらってしまった場合、映画踊る大捜査線の室井さんみたいに「自動販売機ごと返してやる」的な事を言わなければなりません。

    っていうのは冗談として。

    義理というものは、過不足なく、同じ量だけを返すべきっていう暗黙のルールがあります。

    だから室井さんの言うように、缶一本に対して自動販売機をかえしちゃった場合、当時の日本では褒められたものでは無いって事になるようです。

    一方、義務は違います。返す量に際限がありません。

    理由は以下の言葉に集約されます。

    日本人の基本的な公理によると、生まれてきた人はそれだけでもう多大の借りをこしらえるのだという。

    出典:菊と刀/ルース・ベネディクト/p184

    まるで、デヴィッド・グレーバーの負債論みたいな。

    「人は生まれた時から、負債抱えてる」みたいな話に近いですよね。

    [itemlink post_id=”10963″]

    当時の日本人が「このご恩は、万分の一もお返しできない」と口にするように、義務としての恩返しは、生まれてから死ぬまでずーっと続く訳です。

    義務としての恩返しは、2種類。

    • 両親に対する恩返し(孝)
    • 天皇に対する恩返し(忠)

    この2つは、日本人であれば誰もが逃れる事のできないものであり、無条件に発動する強制力でもあります。

    その一例として、こんな話があります。

    日本の現代映画の1つに、次のような筋書きの作品がある。

    母親が、既存の息子の手元にまとまった金があるのを見つける。それは、あの女性と救おうとして、今の学校の教師をしている息子が村人から集めた金であった。

    女性とは、地方を襲った飢饉の中、生活に窮した両親の手で娼家に売られる寸前だったのである。

    そうこうしているうちに、教師の母親がその金を息子から盗む。彼女は、自前の立派な食堂を経営しており、決して貧しいわけではないのにもかかわらずである。

    息子は母親が金を盗んだことを知るが、責めは自分で負わなければならない。

    事の真相は、息子の嫁にする。嫁は、金が盗まれた責任は全て自分にあると言う趣旨の遺書を残し、赤ん坊を道連れにして入水自殺する。

    やがて事実が知れ渡るが、この悲劇における母親の役割は問題にすらならない。こうして息子は神の掟を果たした。

    出典:菊と刀/ルース・ベネディクト/p192

    なかなかクソみたいな話なんですが、これも日本的な恩返しの1つとしてカウントされるって話です。

    こうやって自分の国の過去を見ると、だいぶ恵まれた時代に生まれたなと思いますね。

    で、原因としては、中国から輸入した概念への解釈の仕方に要因があるようで

    日本人は、中国の倫理体系における最重要の徳目をすっかり解釈し直し、低みに引きずり下ろした。

    そして、仁が抜けた後の空白には、義務を条件的なものとするような観念を何ら据えなかった。

    その結果、日本における孝行は無条件のものとなった。

    孝行は、それが親の悪事や不正を大目に見るということを意味するような場合ですら、守らなければいけない義務と化したのである。

    出典:菊と刀/ルース・ベネディクト/p192

    日本の昔話も、やたら恩返しのオンパレードですけど、恩を重視するが故の教えって訳です。

    「すいません」が感謝の言葉の大半を占める日本の無意識

    缶ジュース一本であっても、日本では、他人から何か施しを受けた場合、素直に「ありがとう」では済まない、心苦しさを感じてしまう国民なのです。

    だからこそ、感謝の気持ちを表すのに、「すみません」って言う事が、返す言葉の大半を占めるのです。

    たまにTwitterのタイムラインに「すいませんじゃなくて、ありがとうって言おう」みたいな、ポジティブ全開系のツイートが流れてくるけど、そういう日本史の文脈、言葉の背景は理解している上での発言なのだろうか?と疑問が残ります。

    さて、借りってのは、言い換えるとの事でもあります。

    それ程、日本人にとって恩返しってのは、果たすべき使命となる訳です。

    義理チョコ文化って、正直「返すのめんどくさいから要らない」って思うんですけど、気安く恩を受けたくないっていうのも、正にそういう感覚なんじゃないかなーと思います。渡す方も然り。

    家族関係の中に義務と義理のニュアンスの違いが見える

    家族のピクトグラム

    実は、当時の日本に於ける家族関係の中に、義務義理の違いが内在しています。

    恋愛を経てから結婚に至る、自由恋愛主義の考えは、今では当たり前のように浸透していますよね。

    しかし昔は、当人同士の意思というよりは、親同士の意思によって、結婚に至るケースが普通でした。

    核家族化が進む現代では希薄になりつつありますが、家と家との契約という意味合いが強かったのです。

    日本人は恩返しを美徳としている特徴があります。

    【恩知らず】という言葉があるように、受けた恩は返すべき責任として重くのしかかる。

    この恩なんですが、先述したように、義務と義理では、返さなければならない度合いが変わってきます。

    ざっくり言えば、以下のように

    • 血の繋がっている親に対する恩返しは、義務。
    • 血の繋がってない親に対する恩返しは、義理。

    結婚した相手の親に対して、義理の母とか義理の父とか言いますよね。

    ここに、義務と義理の違いを分けるニュアンスの違いが、見て取れると思います。

  • 楽天Koboアプリ最大の欠点はハイライトの仕様

    本に蛍光ペンでハイライト

    電子書籍っていうと、日本国内での選択肢は、楽天KoboKindleかってところですよね。

    これから「電子書籍買ってみようかな」って検討中の方からすれば、どっちがいいんだかで悩むところだと思います。

    今回は、楽天KoboKindleのアプリの話です。

    この記事の結論

    電子書籍でハイライト多用する人は、Kindle推奨。ハイライト使わない人は、Kindleでも楽天Koboでもどっちでもいい。

    漫画読みたい人は、iPadみたいなデカい画面推進。疲れ目の人は見開きタイプの電子書籍リーダーじゃないと興醒め。

    楽天Kobo - 電子書籍が読めるアプリ

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    楽天Koboはとにかくハイライトの使い勝手が悪い

    結論から言えば、楽天KoboとKindleで比較するなら、Kindleのアプリの方が断然使いやすいです。

    楽天Koboはハイライト入れる時の、ドラッグの反応が悪過ぎるんですよ。

    電子書籍リーダーならまだしも、スマホですからね。スマホアプリなのに操作性が悪いって、かなりデメリットですよ。

    しかも、電子書籍リーダーで入れたハイライトが、アプリで同期されません。逆も然り。

    例えば、他にも

    • 指定した範囲とは違う領域にハイライトが入る
    • 指定したハイライトのゲージが頻回にフリーズする
    • ページを跨いでハイライトを引けない(電子書籍リーダーの方は跨げる)

    こういう小さな苛立ちが重なって、「なんだかなー」っていう気分になりますね。

    純粋に機能面だけで比較するなら、圧倒的にKindleの方が優れています。

    僕がもし、金額を気にしないで買い物をするような金持ちなら、楽天Koboは使いませんね。

    良くも悪くも、楽天のポイントシステムが、僕のような庶民を縛り付けるのです。

    「まぁコンテンツが読めるならいいや」っていう折り合いをつけながら、楽天カードで溜まったポイントを電子書籍に費やす訳です。

    楽天Koboのポイント呪縛

    楽天のメリットは、ポイントの使い易さにあります。何を買ってもポイントが付く。

    エントリー必須ではありますが、タイミング次第では、ポイントの付き方も5倍とか10倍とかに変動するんですよね。

    実際、エントリーは面倒だけど、上手く狙えば高額の商品を買う程に、ポイント還元が期待出来る。

    その反面、amazonは、全ての商品にポイントは付きません。

    ものによって、付いたり付かなかったり。これが楽天とamazonの大きな違いの1つです。

    但し、amazonのクレジットを使えば、還元率は1.5パーセントにはなります。プライム会員なら2%。

    [itemlink post_id=”10877″]

    Amazonのヘビーユーザーなら、持っておいてもいいかもしれません。

    僕の場合、楽天ポイントの使い道って、基本的に書籍以外に無かったりします。

    家電買う時の、足しに使うような事もあるけど、そんなに頻繁に買う訳でもないし。

    期間限定のポイントってのもあるので、数千、数百ポイントを使い切る事を考えると、書籍が丁度いいんですよね。

    ただこれ以上、部屋に物体を増やしたくないってのはあるので、電子書籍化されていない本以外は、基本的に電子書籍で買うようにはしています。

    で、結局、楽天Koboのアプリの使用頻度が上がる。

    はい、文句言ってすいませんでした。ありがとう…楽天Kobo…。

    デジタル×漫画はデカい画面じゃ無いと微妙

    スマホアプリで漫画を読むのは、あんまり良い読み方とは思えません。

    単純に、画面が小さいからです。

    それに伴って、吹き出しの文字も読みづらい。

    楽天Koboアプリに関しては、吹き出しを長押しする事で、文字を拡大する事もできますが、どうなんでしょう?

    楽天koboアプリの見開きと吹き出し拡大1

    楽天koboアプリの見開きと吹き出し拡大2

    [itemlink post_id=”10903″]

    試行錯誤してるのはわかるんですが、一読者としては微妙じゃ無いですか?

    上記のように、楽天KoboKindleも、スマホを横に傾けて(ランドスケープモード)見開き表示にする事は可能です。

    やっぱりスマホだと、スケール感が物足りないですけどね。

    電子書籍リーダーで漫画読みたいなら見開きが見れるタイプ推奨

    眼精疲労で、ラピュタのムスカばりに「目がぁああ」な人は、電子書籍リーダー買ったらいいと思います。

    因みに、電子書籍で漫画読見たい人であれば、見開きも見れるタイプの電子書籍リーダーがいいです。

    [itemlink post_id=”10908″]

    [itemlink post_id=”10881″]

    値は張りますが、見開きのシーンを1ページずつ読む事とか、興醒めが過ぎます。

    漫画は読まないよって人なら、どのタイプでも問題ないでしょう。

    ただ個人的には、電子書籍リーダー買うくらいなら、iPad買った方がいいと思います。

    電子書籍リーダーって、目が疲れない以外にメリットが無いですからね。

  • 落合陽一と武田邦彦の睡眠方法から学ぶ!自分に合った【睡眠時間】を再考

    ぬくぬくする猫

    この記事では、自分の睡眠時間最適解を、改めて考えてもらえたらな。と思いながら綴ってます。

    人生の3分の1は寝てる

    多少の個人差はあれど、人は人生の3分の1の時間を睡眠に費やします

    って事はですよ。眠らない事が出来れば、寿命が3分の1伸びるとも言えますよね。

    だって人生100歳まで生きたとしたら、30年位は眠ってる事になりますからね。

    30年あったら、もっと色んな事出来ますよね。

    仮にやりたい事を全部やろうとしたら、人間の平均寿命じゃ足りない!

    とは言え、そんなのは絵空事。

    寝ない、なんて事は不可能です。短絡です。人体をナメてます。わかってます。思っただけです。すいません。シロイルカにもなれません。

    人はどのくらい起きていられるのか?

    ラットの断民実験では、24時間ぶっ通しで覚醒させ続けると、3週間以内に死に至る事が明らかになっています。

    死因は体温の低下や、免疫力低下による感染症等、複合的なものとされています。

    因みに、人間の不眠世界記録は11日間(264時間)です。

    これは、西暦1964年にアメリカのサンディエゴで、高校生のランディ・ガードナーが樹立したものです。

    実際、それ以上の連続覚醒記録はあったとされますが、人体へ及ぼす影響が危険過ぎる為、ギネスとしての記録は、これで打ち切りとなっています。

    人は眠らないとどうなるのか?

    上記の連続覚醒記録の過程では、記憶障害幻覚左右の眼球がバラバラに動き出すなど、明らかな異変が起こりました。

    以上の事からも、睡眠が動物にとって、如何に必要なものであるかが、改めて窺い知る事が出来ます。

    これだけ人体に、重要な要素として組み込まれている睡眠ですが、未だに解明されていない部分が多いです。

    ただ少なくとも、脳が何かバランスを取る為のメンテナンスを、自動でしているって事は、推察出来ますよね。

    例え、意思としては「起きていたい」って思ってみても、24時間も起きていれば、体は「眠りたい」って自分に伝え始めるのだから、そこからの覚醒はもう、自分の声を無視するネグレクトであり、自分が自分に手を掛ける拷問の域となります。

    ラピュタで言うところの、龍の巣に引き摺り込まれそうになってる、タイガーモス号の船内で、じっちゃんと呼ばれる老技師に、ずーっと、「エンジンが燃えちゃうよ!!」って言われ続けるようなもんです。

    人間の脳にはきっと、勉三さんみたいなメガネを掛けてて、口髭が左右に爆発してるジジイが、日夜、脳内のメンテナンスをしているに違い無い。

    微睡みの中で漂う心地良さ

    さて、此処で質問です。

    あなたは嫌な事があったらどうしてますか?

    うさぎのぬいぐるみを殴る、とかですか?

    僕はとにかく寝るようにしてます。

    寝たら少し軽くなるんですよ。忘れるからなのかなぁ。

    少なくとも、寝れば、取り敢えず感情を過去に出来ますからね

    僕の場合、20代前半の頃は何故だか、眠くて仕方がなかったです。

    嫁さんに出会った頃に言われたのが、「繊細過ぎる」ってセンテンスです。

    確かに些細な事で傷付くし、よく「ごめん」って言ってた記憶があります。

    だからなのか、常に憂鬱でしたね。

    今じゃ考えられないですが、10年前はそんな感じでした。

    坂本真綾のコンセプトミニアルバム、30minutes night flightを聴きながら眠りに着くような男ですよ。

    だから、娘が寝る前に必ず「お話して」って言う気持ちが、なんとなく解るんですよね。

    まぁそんな奴じゃなきゃ、漫画描いたり、ギター弾いたりはしないですよね。

    今となっては、良いのか悪いのか、随分色んな事がになりました。

    僕の見解としては、雑になる事強くなる事は相関するんじゃないかって気がします。

    色々と鈍化するって意味に於いては。

    僕の勝手な仮説の一つに、【メンタル弱い人は睡眠時間が長いんでないか説】があります。

    僕の会って来た人で、メンタル弱いなーと感じる人って、話を聞いてると、必要以上に寝てる人が多い印象なんですよね。

    従って、何か、相関するものがあるんでないかと。

    レム睡眠(浅い眠り)とノンレム睡眠(深い眠り)

    哺乳類、鳥類、爬虫類、魚類、なんなら恐竜まで、みんな眠る事が解っています。

    これらは、複雑な神経系を持っているからだと言われています。

    ところが、神経系が全く無い微生物にまで、それに似た状態があります。活動と不活動の周期が、体内時計によって調節されているのです。

    そんな動物の一種、人間に必要な要素としても、組み込まれている謎のシステム、睡眠

    でも明らかなのは、一定の周期で、2つの状態を取るようになってるって事。

    それは何かと言うと、レム睡眠(浅い眠り)ノンレム睡眠(深い眠り)です。

    参照書籍は以下です。

    [itemlink post_id=”6511″]

    急速眼球運動って聞いた事ありませんか?

    これは、睡眠中にもかかわらず、脳だけが覚醒しているかのような活動を取ります。

    眼球が左右に揺れ動きますが、筋肉は麻痺しているので、夢を見ながら、体が動き出さないようにする為です。

    この時にこそ、人は夢を見る

    つまり、基本的に人は、レムってる時に夢を見るって事です。

    じゃあ例えば、夢遊病って、レム睡眠の時に筋肉の制限が上手く利かずに、体が動き出してしまうからなのかな?とか思ったんですが、これが、深い眠りの時、ノンレム睡眠の時に起きる現象なんだそうで。

    そう、単純な話ではなさそうですよ。

    夢で明確に覚えているものってなんだろうかと思い返すと、僕は子供の頃に、風邪を引くと決まって見ていた夢がありました。

    夢の中の人物が、高速で動き回る夢です。

    それで最後は、必ずインディージョーンズみたいにデッカい岩に追い掛けられて目を覚ます。そんな夢。

    あなたも子供の頃に程、緊張感のある夢を見ませんでしたか?

    これについてはどうやら、脳が夢を使って、人が現実世界で遭遇する危険を想定して、シュミレーションしてるみたいですよ。

    つまり、僕はデッカい岩に追い掛けられても、逃げ切れます!

    落合陽一と武田邦彦の興味深い睡眠法を紹介

    話を聞いていて、面白いなーと思った人の睡眠方法の見解を、以下に引用しました。

    落合陽一の睡眠

    彼の睡眠は独特で

    3時間くらい家で寝て、あとは移動中に寝るのが一番(45分×2)

    出典:SWITCHインタビュー 達人達/落合陽一

    と発言していました。

    人間て、睡眠時間を分ければ分ける程、トータルが少なくて済む。

    電球を発明する前の人類は、暗くなったら寝て、夜明けのタイミングで起きて、その後二度寝して朝になる。

    人類、2回か3回寝るのは、わりと向いてるんですよ。

    これは科学的かどうかは知らないけど、僕の体にも3回寝るのは向いてる。

    出典:SWITCHインタビュー 達人達/落合陽一

    この発言から、落合陽一(敬称略)は少なくとも、ショートスリーパーっぽいですよね。

    シエスタ導入すれば、働き方改革はなんとかなると、シエスタを推奨しています。

    シエスタとは?

    昼寝。スペイン・イタリアなどラテン系の国の風習をいう。

    出典:デジタル大辞泉

    確かに、仮眠が可能な職場なら、30分くらい横になる事を義務化してしまえば、仕事のパフォーマンス上がるだろうなと思います。

    しかし睡眠の分割、と云う発想は面白いですよね。

    でも、2度寝は脳を鈍らすって、何処かで聞いた記憶があるので、その辺はどうなんでしょう?気になります。

    武田邦彦の睡眠

    武田邦彦(敬称略)は、25年間以上、不眠症に悩まされていたそうです。

    しかし、勉強の末、寝れなくても7、8時間、横になっていれば平気だという結論に、辿り着いたようです。

    睡眠の目的は2つあります。

    • 頭の整理に費やす時間
    • 老廃物を処理する時間

    つまり、意識を失う時間と、安静にしている時間ですね。

    腎臓とか肝臓とかが、処理しきれなくなって、日中帯に蓄積した老廃物が、所謂【疲れ】になります。

    個人の回復力にも依りますが、これを処理し切る為に、要する時間が最低4時間半

    これは、老廃物を増やさない状態、つまり、安静状態が前提です。

    そして、脳を休める時間が、最低2時間半

    これを合わせると、4時間半〜7時間の間が、適切な睡眠時間という事です。

    脳の処理と、体の処理を同時に出来るのであれば、4時間半でメンテナンス完了って話。

    僕の場合も、徹夜した次の日なんかは、最低4時間は寝ないと、その後意識が飛びそうになります。

    従って、自分にとっての睡眠時間の最低ラインってのも、4時間前後なんじゃないかと仮定しています。

    詳細は、以下の解説を聞いてみて下さい。

    自分に合った【睡眠時間】を見極めよう!【回復】を取るべきか?寝る時間を削って【可処分時間】を取るべきか?

    Left Caption

    mikio

    今から寝るべきか否か

    この選択に、よく悩みます。

    少しでも、自分をアップデートしたいなら、起きているに越した事は無い。

    使える時間が、伸びる訳ですから。

    ただそこは、消耗と回復のトレードオフなもんで。

    仮に上手くいけば、寝てたらこの部分は更新出来てなかったなと、思えるような正しい結果を得られるけど。

    この見極めが出来ないと、「寝といた方がマシだった」って事に、なりかねない。

    無闇矢鱈に、寝ないで人よりも努力すればいい、ってもんでも無いんですよね。

    無理に起きていても、ぼーっとするだけで、却って効率が悪いからです。

    つまり、睡眠時間を削るのにも、自分の状態との相談が要る。

    前に進もうと思ったら、変わろうと思ったら、命削って当然です。

    人と同じ事をやってたら、その他大勢の中に収まって終わりですから。

    この脳の点検とか、老廃物のバランスとか、この辺を自覚的に捉える事が出来れば、いい結果を残す可能性を高められますね。